4.4 水道事業の組織と人事制度


Q116
途上国の水道事業の組織強化に関し、わが国はどのような援助を行ってきましたか





  Key words:水道事業の組織強化、収益性、サービス性、人治主義、NGO

 水道事業の組織強化に関するわが国の援助は、具体的には研修に関する支援とプロジェクトに関連する勧告の2つをあげることができます。
 わが国は途上国の人材開発を重視し、特に水道の無償資金協力でタイ、インドネシアなどで研修センターの施設をつくるとともに、研修事業の運営についてもヒトの支援をしましたし、途上国の関係者を日本における定期的な研修計画に招待しました。しかし、この研修は主として技術職員や経理職員の職能教育でした。
 その他に、有償、無償のプロジェクトに関連して相手の組織についての調査を行い、報告書のなかで所見を述べると同時に、改善のための勧告を提案してきました。
 これらの経験をふまえて、改めて途上国の水道事業の組織強化を考えてみることにします。

1.組織強化とは何か
(1)組織強化が提唱される背景
 インフラストラクチャー整備に関してみると、わが国の途上国に対する援助はハードウェアを中心とした技術面 重視のものでした。上に述べたプロジェクトの報告書に書かれる組織についての勧告も、プロジェクトに直接関連する範囲を超えないものでした。
 その最大の理由は、援助対象の水道事業の制度や組織を改革・改善する必要があると感じても、適切な改革・改善方法を提案することが難しいからです。現在の制度や組織はその国固有の社会習慣、歴史、文化などに根ざしていますから、たとえばわが国の制度や組織をそのまま改革・改善のモデルとして提案すれば、的はずれな提案になりかねないのです。
 しかし、技術重視の援助を続けているうちに、それだけでは不十分であり、組織の改革・改善が援助効果 を上げるためには不可欠であることがわかりました。これは、わが国の援助に限られたことではなく、国際金融機関や先進国援助機関が共通 して認識したことです。
 「仏作って魂を入れず」という言葉がありますが、資金・技術を援助するという「仏を作り」ながら、組織について提案しないことは「魂を入れない」ことになります。
(2)組織強化の解釈
 たとえば組織強化の方法にしてもまったく反対の2つの場合があります。事業の分野や規模が拡大しつつある組織では、雇用する人員数、部・課・係など単位 部門の数、階層の数を増やすこと、つまり分化が強化になります。その反対の場合には、組織系統を簡素化するための単位 部門の廃止や統合が強化になります。ここ数年、日本の大企業が行った強化は、リストラという名前の簡素化でした。
(3)組織強化の目的
 水道事業の組織を強化する目的は、常識的に考えると、サービス性を改善しながら同時に収益性を高めることです。このうちで収益性というのは数字に表されますが、サービス性というのは大変にわかりにくいものです。
 最近、円高による差益還元という名目で電気、ガス料金が引き下げられました。これをサービス改善とすれば、サービス性と収益性は相反します。鉄道事業では乗車券の自動販売と自動改札の普及により人員が削減されましたが、処理速度が速くなったという点でサービスが改善されると同時に、人件費節減という点で収益も増加したはずです。この場合にはサービス性と収益性が両立します。
 組織強化に関しては、まず収益性について考えて、収益性の向上がサービス性の低下をまねくかどうかをチェックするという方法が妥当でしょう。

2.途上国の組織の問題点
(1)人治主義
 多くの途上国では、強力な指導者(層)による政治が長く続けられました。いまだに一党独裁の国、軍事政権が支配している国、王国、実質的に個人の指導力が残っている国などが大部分で、複数の政党があり政権交代が行われている国は少数です。権力者は法制の整備を遅らせたり、法があっても自分に都合のよい運用をします。
 それは水道事業の組織にも影響します。水道事業は本来収益性がありますから、政治家や有力官僚が関心をもち、組織編成と運用、重要人事などに介入したがりますし、縁故者の雇用を押しつけるなど余剰人員の原因をつくります。
(2)人材不足と余剰人員
 人材不足の原因として、まず平均的に教育水準が低く高等教育の履修者が少ないこと、次に身分制度の残滓として低学歴ながら有能な人材を発見・重用する制度がないことがあげられます。
 公務員採用のための選抜試験、人材登用のための勤務態度や能力の評定、評定に基づく給与、賞罰などを行う人事制度が確立していない国、人事制度が正しく運用されていない国が多くあります。それには人治主義の影響が少なくないと思われます。権力者が血縁、地縁、身分、学歴などによる利害関係を重視するからです。
 民間の雇用能力が小さい途上国の軍隊、行政機関、公営事業などは、ある意味で失業を吸収する役割を担っていますから、多くの水道事業に余剰人員がいます。また、民間企業ならば当然とされる少数精鋭という考え方は普及していません。
 余剰人員は人材不足と表裏一体の問題です。能力がなくても権力者に取り入って雇用される者もいますし、能力があっても嫌気がさして働かない者もいます。したがって、人手はいくらあっても足りないのです。さらにやっかいなことは、評定がありませんから余剰人員を整理することはできません。
 結局、学歴の過重視、年功序列、緩やかな評定という運用のなかで余剰人員が温存されます。そして、格差の小さい給与システムのもとで人件費が平等に分配されます。上から下まで合法・非合法な私益は熱心に求めますが、公務はなおざりにされます。
 国ぐるみでこのような運用をしたのが、崩壊した共産主義国でした。
(3)セクショナリズム
 人員の余剰な組織では、単位部門の数も階層の数も多くなりがちです。権力者が重要な権限を独占していますから、それ以外の権限は細分化しても差し支えありません。そして細分化がセクショナリズムを助長します。
 途上国の水道事業の場合にも、組織が肥大化することによるセクショナリズムを警戒する必要があります。セクショナリズムの弊害について今さら述べるまでもないのですが、業務処理の遅れによる経営効率と収益性の低下を引き起こすと同時に、職員の関心が内部に向けられ、外部に対するサービスがなおざりにされます。

3.組織強化の方策
 このような組織の問題点をどのように改革、改善するかを、相手側関係者と一緒に模索することが組織強化の手はじめです。この場合に大切なのは、相手から学ぼうとする態度と、同じ目の高さで一緒に仕事をすることです。
(1)わが国の経験と情報入手
 水道事業の組織強化について、われわれは有効な助言や勧告をすることができる立場にあります。戦前戦後を通 じて、法行政面で多くの改革・改善を行ってきましたし、規模において大都市から小村落まで水道を整備してきました。また、経済発展のさまざまな段階で水道事業の内容が変化したり、組織が再編成されるのを経験したからです。
 組織強化に関する情報入手のための国際機関や他国の援助機関との接触についても、途上国に比べて有利な位 置にいます。
(2)トップの説得
 人治主義の傾向の強い国で、せめて水道事業の内部を法治主義に変えていこうという試みをする場合には、やはりトップの説得から始めなければなりません。これは、相手組織に上級顧問を送り込み、まず人間的な信頼を勝ち得てから、時間をかけて行うべき仕事です。
 このような顧問を必要とする理由を相手に理解させること、顧問になる人がコミュニケーション能力、人格、識見に優れていることが必要条件です。大変に難しいことです。
(3)上・中級管理職の研修
 冒頭に述べましたように、職能教育のための研修についてはすでに実績もありますし、相手方の経験も蓄積されて、今は自分たちだけで研修計画を作成し実行する段階にきています。
 研修は、上・中級管理職を対象とする組織強化のための研修です。このカリキュラムには法律、行政、経済、社会などの分野の学者や専門家、実務に関して経営コンサルタントや経験者などの参加と指導が必要です。
 組織改革の主役は上・中級管理職であり、この研修はその人たちに意識、思考習慣、行動パターンの改革を要求することになりますから、大きい抵抗が予想されます。その点で、上にあげた学者、専門家、経営コンサルタント、実務経験者は相手国から選び、われわれは情報収集などの支援に回るのがよいでしょう。
(4)オープンな協力姿勢
 わが国の取り組み方、すなわち協力姿勢で最も大切なことはオープンさです。上に述べた「相手から学ぼうとする」、「同じ目の高さで一緒に仕事をする」こともその一つです。国際機関は、その性質から情報などの公開性がよいのですが、各国の援助機関はうわべはともかくとして、実際には秘密主義です。しかし、たとえば戦前に植民地であったような途上国の場合に、旧宗主国は法律・行政・経済の主権をもっていたわけですし、その後に独立した途上国に対しても豊かな経験に裏づけられた影響力を行使しています。
 相手国で活動しているわが国のNGO(非政府組織)は重要な存在です。現地語に通 じていますし、相手国の庶民の立場に立って公共サービスの問題点を発見し改善を提案できますし、組織強化についても、組織の下級職員の考え方を代弁できるからです
 組織強化について、われわれの側から胸を開いて、他の国やNGOと協力することが望ましいと思います。
 組織強化は、複雑に入り組んだ多くの微妙な課題を含む難しい問題です。多少の試行錯誤は許されるとしても、大きな失敗は後遺症を残します。それだけに多くの関係者から協力を仰いで慎重に取り組まなければならないのです。

(若本 修)

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