4.4 水道事業の組織と人事制度


Q117
援助対象の水道事業組織が経営面で機能しているかどうかのチェックポイントを説明してください





  Key words:法行政制度の整備、労働組合、人事制度、文書管理、職場の視察

1.水道事業の位置づけ
 どのような政治体制の国においても、国民の福利厚生は大切なことですし、そのために良質な飲料水を供給するシステムを整備することは重要な施策です。特に都市が形成されますと、水道には商工業のための発展や、消火を含む都市機能維持のための基盤としての役割が大きくなります。
 すなわち、飲料水の供給を目的とする小規模水道から多くの目的をもつ大規模水道まで、幅が広いのです。また、建設投資と維持管理費用は、人口密度が高い都市のほうが人口密度の低い農山村よりは費用対効果 が高いのは当然です。利用者についてみると、都市住民のほうが農山村の住民より所得水準が高いですから、水道サービスの費用に対する負担能力も大きいのが普通 です。
 このような観点から、水道事業体の経営に関して次のような点をチェックすることが必要です。
(1)法行政的な制度の整備
 行政のどのレベルが水道事業を経営するかは、国によりさまざまです。多くの場合に経営権は都市に委ねられていますが、建設時の投資に関しては国の政府が借入保証、低利貸付け、補助金支出などにより支援しています。
 小都市や農山村の水道維持管理費用について、国の政府が援助したり、富裕な水道事業体の収益金が国を通 じて支給される例があります。
 問題は、どのような法的な根拠に基づいているのか、どのようなルールが細かく定められているのか、曖昧な点が多いことです。借入保証の費用、貸付金償還の金利が国の政府に有利に設定されていたり、維持管理費用について過大な援助が行われていたりします。途上国では、法行政制度が後回しにされて、政治的な処理が先行していると感じます。
 長期的にみれば、水道事業が自立経営できることが目標です。住民・利用者が応分な費用を負担し、事業体が経営合理化を努力することによって目標が達成できるように、国・地方・都市の政府が法行政制度を整備し、資金的に支援することが必要です。このためには、法行政制度を整備するマスタープランが策定され、そのなかで地方自治、中央と地方の行財政、公務員、公営企業などに関連する法令が規定されるべきです。
(2)利用者による受益者負担
 水道利用者が受益者負担の原則を理解し、受容することがまず大切です。特に社会主義体制が長年続いた国では、住居、光熱、上下水道などのサービスは非現実的な価格で供給されてきましたから、受益者負担という考え方そのものが社会全体に根づいていません。
 ボトル詰めの飲料水が売られている途上国の大都市で、水道料金の滞納率が高く、水道事業体が給水停止をするためには裁判所への提訴が必要であるような、利用者が過保護されている例があります。
(3)水道事業者のメーター管理システムに関する関心
 利用者ごとに精度のよいメーターを設置し、正確な計量と検針に基づいて料金を調定することは、売り上げを把握することですから、水道事業体の経営では最優先事項です。しかし、途上国ではメーター管理システムに関心をもって熱心に整備している事業体はほとんどみられません。また、先進国の援助もこの点について積極的でないようです。
 その結果、使用量に関して多発する苦情が水道事業体への不信をまねき、無収率が高いにもかかわらず漏水問題への対応が遅れ、水源開発に多大な投資が行われるということになります。

2.地方公営事業としての水道
 法行政制度の整備が遅れている途上国でも、多くの都市の場合に水道事業は自立経営を原則とする地方公営事業として経営されています。それは、本来収益性をもっている公共サービスであり、国営や広域地方政府の経営になじまない地域特性があるからでしょう。
 しかし、組織編成、財務、人事などに関してどの程度の主体性を付与されているかは千差万別 です。会計上では独立していても、水道公社の収益金で市の一般会計の不足分を補填するとか、逆に市からいろいろな名目で公社を補助している例もあります。建前上は公社に人事権がありながら、実質的には新規採用とか幹部の任命は市長が握っている例もあります。また、料金改定の仕組みについても、市、議会、公社がどのような権限をもち、役割を果 たしているかさまざまです。
 どのようなルールと慣行があるのか、それらが矛盾あるいは背馳していないか、公営事業としての発展の阻害要因となっていないかなどをみることが大切です。

3.水道事業体のトップの選任(政治家か官僚か)
 日本では都市の水道事業管理者には、長年の実務を経験した官僚が登用されます。途上国では議会など政治畑の人が任命されることが少なくありません。官僚登用の場合でも、任免権者の政治的配慮による場合が多くみられます。
 この選択は一長一短です。
 政治的な力量が要求されるのは、経営形態を変更するような制度改革を行う場合とか、大型のプロジェクトを短期間に完成するとかの場合です。これらの大きい変化の後の安定成長の時期には、実務者能力をもつ官僚のほうが適当です。
 水需要が増加し続ける途上国の大都市では、連続して大型プロジェクトが実施されるために政治家が任命されるケースが多くありますが、政権交代のたびにトップが代わったり、利権をめぐるスキャンダルが起こったりします。
 官僚出身者がトップにいる事業体では、たとえば人員削減を伴う合理化、権限移譲、組織再編成などの内部改革が遅れていることが多くあります。これが民営化論が出る背景となります。

4.労働組合の存在
 労働組合の存在と活動の背景には、その国の労働関係法、国・地方公務員法、あるいは国・地方公営事業職員法などの法令、労働組合を支援する政党、労使問題に関する大衆の関与の仕方があります。法治国家でも非合法に近い組合活動が行われるのが現実です。
 途上国の水道では、時として労働組合が阻害要因となっている場合があります。新しい技術、たとえば浄水場の計装の高度化・自動化に伴う人員削減や配置転換が、労働組合の反対から進捗しないことが起こる場合です。
 ご用組合がよいというわけではありませんが、水道事業体の労働組合が政治的に偏向していないか、背後にある政党の力を借りて経営権に不当な干渉をしていないかなどは注意すべき点です。

5.人事制度
 途上国では、権力者が縁故者を引き立てる習慣が根強く残っており、社会もそれを当然と考えるようです。縁故関係は親戚 ・姻戚の一族から始まって、同郷出身者、同じ学校の後輩、同じ部局の後輩などに及びます。本来公平であるべき採用、昇級・昇格、任免などの人事に「身びいき」が持ち込まれることは、組織にとってきわめて有害です。
 また、高等教育を受ける人の数が限られているために、組織の上部に権限が集中して、大小さまざまな事項が上部だけで決定されます。上意下達の強い組織では、大多数を占める下部の人々は勤労意欲を失い無気力化します。どこの途上国でも「人材開発」が重視されていますが、権限移譲が実行されない限り成果 は期待できません。
 人事制度が充実され公平に運用されるためには、次のような条件が必要です。
(1)人事専門の部課があるか。
(2)合議制により人事に関する選定・決定が行われているか。
(3)選定の際に、年功序列と能力評定がどのように考慮されるか。
(4)研修制度があるか、研修結果がどのように能力評定に反映されるか。
(5)職務・職階による給与制度があるか。  
(6)学卒の技術職と、経験があり能力を評価されている技能職との処遇について、どのような考慮がはらわれているか。
(7)技能職の定着率が高いか。

6.データの整理と保管
 途上国の水道事業を調査するときに、整理された過去のデータが少ないことがあげられます。第2次大戦後に独立した途上国で、独立前の記録が紛失しているのはやむをえないのですが、その後に創設された水道でも初期の施設の図面 などはなかなか見つかりません。退職した人から施設の主要な点について話を聞こうと訪問すると、その人が一式を持っていたということもあります。
 公文書を保管する書棚や書庫がなかったり、公文書の閲覧や貸し出しの方法が曖昧だったりして、調べてみると文書管理の明確な規定がなかったり、あっても実行されていない場合が多いのです。

7.職場の視察
 水道事業体の本庁、出先の事務所、建設現場、浄水場、材料倉庫、メーター修理工場などの職場を視察することが大切です。
(1)本 庁
 トップや上級管理職に会う場合に、どのような問題意識をもっているか、その改善にどのように取り組もうとしているかを聞きたいものです。こちらの問いかけに対して、真面 目に返答してくれると手応えを感じます。一番がっかりするのは、現状に満足して問題意識をもたない場合です。
 職場が大部屋になっているか、小部屋で仕切られているか、どのレベルから個室に入っているか、個室に秘書がいるかいないかなどからも、その事業体の運営の姿勢が感じられます。
 旧共産主義国で、上級管理職の個室と秘書室を仕切る扉が防音の二重扉になっている例もありました。オープン経営とはほど遠いことです。
 ただし、管理職が面会や会議に忙殺されているのも感心しません。それは事務処理プロセスのルールや権限移譲が遅れていることの一つの証左だからです。面 会や会議出席の頻度が身分の上下を示す尺度と錯覚している例も多く見かけます。
(2)出先の事務所
 途上国の水道事業体では、中央集権的な運営が行われているのが普通ですから、出先事務所は顧客と接する窓口の役割です。書類、図面 なども少なく、職員ものんびりと働いています。先進国ならば、定員を減らす対象になりそうです。
 しかし、顧客に応対する態度を観察しますと、会話内容はわかりませんが、親切に説明している係員もあり、高飛車に顧客を叱りつけている係員もいます。後ろの席に座っている管理職を見ていますと、係員と顧客の会話を聞いている場合もあり、まったく関心がなさそうな場合もあります。
(3)浄水場
 浄水場でまず注意するのは、構内や施設の清掃が行き届いているか、露出配管や金具の塗装が剥げていないか、事務室や休憩室が整頓されているかなどの点です。これらの整備がよい浄水場では、飲料水を生産する施設であるという自覚が徹底しています。
 浄水場の運転記録(原水/処理水の水質、処理水量、使用薬品量、消費電力量 )や維持管理チェックリスト(機器類の点検/手入れ/部品交換/修理)などの書式があらかじめ印刷されていて、係員はデータを記入するだけというのは、途上国では大変に進んだレベルです。しっかりした運転記録がとられていても、維持管理チェックリストはお粗末であるという場合も少なくありません。
 途上国に共通しているのは、故障や破損を予防するための維持管理という考え方が薄い点です。それは、水道事業体の経営陣の、施設を含めた資産管理に対する関心の低さにも通 じるようです。
(4)材料倉庫
 屋外には管、短管、継手、弁類など、屋内にはゴムリング、砲金金物、ボルトナット、メーターなどが保管されています。ここでも屋内外の清掃、整頓、建物の手入れ状態の良否が気にかかります。管弁類が口径別 に分類されているか、ゴムリング、ボルトナットが屋外に置かれていないか、器具を分別 保管するための棚や仕切りが十分にあるかなどの点です。
 また、材料の蔵入れ、蔵出しの頻度とアクセスの容易さを考慮して、置き場や保管棚が配置されているか、作業に必要なクレーン、フォークリフトなどが準備されているかを観察する必要があります。
 蔵入れ、蔵出し、棚卸しの記録についても、どのような書式が使われているか、頻繁に記入されているか、搬入・搬出者の署名が残っているか、棚卸しが定期的に行われているか、長期間使用されない余剰材料がむだに保管されていないか、有価残材の処分がルールどおりに行われているかなどを注意する必要があります。
 材料器具の取り扱いのずさんさは職員の汚職の誘因になります。材料倉庫の管理、メーターの管理にはOA化が必要で有効です。
(5)メーター修理工場
 後のQ124で1つの例を説明していますが、ある大都市で新鋭のメーター修理工場を見学しました。十分な設備がありながら、メーター検定設備も運転されず、修理ベンチで働いている人も少なく、せっかくの設備が遊んでいました。
 メーター管理に関して責任者の営業局長から、年間の新規購入・修理・廃棄・在庫の概数の公式なデータをもらいました。また、法定耐用年数、実用年数、修理するか廃棄するかの判断基準などについて説明を受けました。
 営業局長の説明のつじつまが合うのは、修理工場の設備が年間を通じてフル稼働する場合のみです。実状は、老朽化したメーターが多く使用されており、それによる苦情が多発していました。
 途上国では、外部と接触する上級管理者の話を鵜呑みにするのは賢明でありません。実状を知りながらメンツから嘘をつく場合もあり、また、部下から実状を知らされていない場合もあります。これは公的機関による資料についてもいえることです。

(若本 修)

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