4.4 水道事業の組織と人事制度


Q118
援助対象の水道事業組織が、施工面および維持管理面 で機能しているかどうかのチェックポイントを説明してください





  Key words:技術者と技能者の連帯、研修、学歴偏重、規格、基準、マニュアル、チェックリスト、維持管理費用

 施工と維持管理の機能を、ヒト、モノ、カネの面からみることにします。
 ヒトとは、水道事業が施工や維持管理をどの程度重視し、どのような組織を編成し、どのような人材を配置しているかという問題です。モノは施工や維持管理に関する資機材、設備などについて、カネは予算など資金に関することです。

1.組 織
(1)施工と維持管理の軽視
 残念なことに、多くの途上国で既存の水道施設が老朽化してフルに機能していなかったり、使用されていなかったりしているのを見ます。その原因はさまざまですが、大部分が施工不良や維持管理の不足に起因していると思われます。なぜそのようになったのか、計画・設計部門の人々をはじめとして、現場の人々にも質問するのですが、納得できる返事は得られません。つまり無関心なのです。
 途上国の都市で、先進国ならば廃棄処分されるような古い自動車が走っているのを見かけることが多くあります。エンジンを含めて、ほとんどあらゆる部分が廃棄された自動車から回収されて利用されているのです。自動車は私有財産ですから大事にされますが、公有財産を大切に取り扱い長持ちさせるという意識は希薄なのです。
 しつこく質問を続けると、予算が不足しているので交換部品が買えないとか、施工が悪かったという答えが返ってきます。施工に直接関係した人々も、自分たちの知識・能力が不足していたとか、よい施工をするための熱意が欠けていたとは考えていません。
 配水・給水施設の維持管理が放置されているのは、途上国の水道事業で有収率、漏水率が非常に高いことにみられます。
 最悪の場合には、有収率が実測された値ではなく、推定された値です。浄水場の流出量 を測定する計器、給水メーターの片方あるいは両方が正確に計量していないからです。配水幹線の流量 を測定する計器がないために漏水率を実測できない水道事業は数えきれないほどです。このような場合に、漏水についてはほとんど無関心です。
(2)エリートの問題点
 途上国に共通する社会現象として、非常に少数の富裕階級、やはり少数の中流階級の下に大多数を占める下層階級があります。いわば、その比率が大まかに高等教育、中等教育、初等教育の履修者に反映されます。政府系機関が安定した大組織ですから、非常に少数の大学卒は役人になります。
 途上国では水道事業体は一種の役所であり、大卒は庇護され優遇されながら出世コースを昇ります。技術系職員は、責任者として多少の現場経験をすることもありますが、事務所で書類を扱う仕事が多く、屋外で部下や労務職と一緒に働くようなことは少ないのです。中堅クラスになりますと、本庁で計画・設計・発注などの業務を担当しながら、海外の融資機関や他の政府機関と資金・技術援助に関する折衝に多くの時間を費やします。そして、上級管理職に昇進します。
 現場経験を通じて技術者は、計画・設計部門と施工・維持管理部門の間のコミュニケーションを学びます。また、工期内に安全に施工するために部下や民間業者を指導・監督したり、維持管理作業を毎日繰り返しながら、チームとして機能するためには個人の能力や性格を理解することの大切さを学びます。
 前に施工と維持管理を重視していないと述べましたが、それはエリートに問題があると思います。
(3)技術者と技能者の連帯、人材の再配置
 明治維新の後に、外人教師により西洋の技術が大学で教えられ、外人技術者の指導のもとで横浜に最初の水道が創設されました。大正中期までに、建設や製造の分野で広く西洋の技術が吸収・消化されて、日本人だけによる土木・建築物や工業製品がつくられるようになりました。
 これだけの短期間に、このような技術移転が行われた例はまれです。その最大の理由は、平和が続いた江戸時代に日本に技術者(武士)と技能者(職人)の層が形成されていたことによります。微積分レベルの和算もありましたし、測量 、治水・利水、建築などの多くの実績がありました。
 武士は支配階級ではありましたが、土木・建築工事などの現場では職人と一体となって働きました。それは、自分たちの殿様に対する忠誠心による連帯だったのです。
 途上国の水道事業体に必要なのは、技術者と技能者の交流による連帯、研修による技術・技能のレベルアップ、学歴偏重を廃して適材を再配置することなどです。特に、交流に熱意のある技術職員や技能職員を分け隔てなく登用して、計画・設計・施工・維持管理のすべての部門にスタッフあるいは管理職として配置することです。

2.資機材、設備
 資機材と設備、施工と維持管理に関するルールとしての技術に関して、規格、基準、マニュアル、チェックリストなどがあります。これらのルールは国際的なもの、1国だけのもの、1業界だけのもの、1組織だけのものがあり、それらはいずれも現在実行可能な範囲で、一定レベルの品質を保証するために制定されます。
(1)規格、基準
 一般に途上国の技術者は、規格・基準について関心が低いようです。その理由の一つとして、さまざまな規格・基準が混在して適用されていることがあげられます。自国で製造できず、輸入する製品については国際規格や製造国の規格、輸入品も国産品もある製品については国際規格・製造国規格・自国規格(もし、あれば)が適用されます。時には、国産品について自国では実行不可能な規格を制定している例もあります。
 水道用の資機材、設備について、輸入品の場合には品質保証に関する心配はありませんが、国産品については不安があります。規格・基準を支えるのは検査制度です。途上国の場合に、検査の網の目をくぐる製品が市場に出回る可能性が高いですから。
 日本水道協会による規格と検査制度は、業界の自主的制度として優れていると思います。国のレベルで整備が遅れていても、途上国の水道業界が官民共同で、自己防衛のためにこのような制度を設けることが有効です。
(2)マニュアル、チェックリスト
 たとえば途上国で浄水場が建設される際に、各個の施設や設備を納入するメーカーは運転と維持管理のためのマニュアルを提出します。コンサルタントはそれらのマニュアルを編集すると同時に、浄水場全体についての運転・維持管理マニュアルを作成して提出します。
 問題は、輸入製品が多く使われていたり、コンサルタントが外国人である場合には、現地語に翻訳しなければならないことです。外国の技術用語の知識と運転・維持管理の経験をもっている技術者は少ないために、翻訳されないままであったり、抄訳されたり、間違って翻訳されたりします。
 もう一つの問題は、不完全な現地語のマニュアルがある場合でも、コピーが実際の運転・維持管理を担当している班長や主任クラスに配布されておらず、その人たちの経験を取り入れて、マニュアルを自分たちの手で完成するという仕組みがないことです。
 チェックリストはマニュアルをもとにして、施設や設備についての定期的な点検・手入れ・部品交換・オーバーホールの計画表として作成されます。それはマニュアルと同様に、初期の段階では一般 的であり不完全です。作業を担当する班の組織、班を構成する個人の能力などとマッチしていませんし、運転を開始して初めてわかる特異な条件がわかっていないからです。
 運転方法や維持管理のチェックリストは、必要に応じて改善されなければなりません。それは、データや記録を保管すると同時に、適時それらを見直すことによって可能となります。
(3)予防的な維持管理(preventive maintenance)
 維持管理は、単に施設や設備の正常さを確認することだけでなく、異常事態の発生を未然に防止するということも目的としています。この予防という考え方は、途上国ではなかなか理解されませんし、蓄積された経験によって異常を早めに検知するという能力の貴重さも認められがたいのです。
 事故を防止するために作業の安全性を重視し、そのために各種の工事で仮設工事、関連設備などに費用を使うということも実行されません。事故が発生したら、処理のために大きな費用が必要になることが頭ではわかっているのですが、目先の費用を節約しがちです。
 まして、安全性の確保が良質な施工を可能にすることは、なかなか理解されません。

3.資 金
 途上国の水道事業がリハビリテーションのために融資を受けるとか、マスタープランを策定するのに際して、まずリハビリテーションを実施するなどの例が多くあります。維持管理不足の結果 として、施設や設備がフルに稼働していない状態は、自分がどこにいるかわからずに歩き始めるようなものです。あるいは高い漏水率をそのままにしておいて、新しい浄水施設をつくってみても、投資の大きな部分がむだになります。
 施工の費用は工事費のなかに含まれます。良質な施工を保証するために妥当な費用が計上されているかどうかは、各個の工事費の算出の問題ですから、ここでは取り上げません。
 維持管理費用は、水道事業の年次予算のなかに計上されますから、その妥当性を評価することができます。一般 論として、途上国の水道事業で維持管理が重視されておらず、その結果として施設や設備がフル稼働していなかったり、早めに老朽化して廃棄されたり、有収率が低かったりしています。
 老朽化した施設・設備は、法定耐用期間のいかんにかかわらず、廃棄、売却処分し、代替施設・設備を新設するための投資を決定します。その他の施設・設備についても、残存価値、生産性、将来の耐用期間を考慮して、資産価値を評価します。同時に、維持管理の対象となる施設・設備について、経常的な維持管理費を算出します。そして、資産価値に比較して維持管理費が大きいような施設・設備を廃棄・売却する処分計画を作成します。
 このように、施設・設備を見直した後に、資産価値をベースにして維持管理費用の妥当性を評価します。

4.まとめ
 組織の改善策として、学歴偏重の考え方を改め、研修により職員の実務能力を向上し、技術者と技能者を分け隔てせずに、有能な人材を適所に配置することを提案します。
 それによって、資機材や設備に関する規格と基準を実状に即して適用することができますし、マニュアルやチェックリストを随時改訂して部下に周知させることもできます。その結果 として、現場の職員が基準を守る施工を行い、施設・設備の運転・維持管理レベルを高めます。
 それによって、妥当な維持管理費用が予算化されることになります。

(若本 修)

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