4.4 水道事業の組織と人事制度


Q119
援助対象の水道事業組織の職員数が適正かどうかのチェックポイントを説明してください





  Key words:過剰雇用、適正職員数、労働市場、人材開発

 これは大変に難しい設問です。
 それは、日本の水道事業組織の職員数が適正かどうか、オープンに議論したという話を聞いたことがなく、また診断するための方法や指標を提案した実例を知らないからです。自国に診断基準が確立されないにもかかわらず、他国の場合を論評するのは適当とは思われません。
 したがって、ここでは途上国の職員数に影響している要因や背景を考えてみます。

1.公益サービス業
 業種別の大分類としては、水道事業は電気、ガス、上下水道、鉄道、バスなどを包含する公益サービス業に属します。それらは、サービスを生産・流通 ・販売するための施設と、施設を維持管理して経営するための組織化された人員をもち、特定多数の顧客にサービスを定常的に供給します。    
 公益サービス業は、産業の発展や都市の形成により必要となった業種であり、サービス量 が増大するにしたがって効率が高まるスケールメリットをもっています。水道についてみれば、大都市ほど生産・流通 ・販売の効率が高く、従業員1人あたりの生産性が高くなります。
 生産・流通・販売のための施設の生産性と施設を維持管理する人員の生産性の両方が、省力化・自動化など技術の進歩によって改良・更新されます。つまり、従業員1人あたりの生産性は、施設に対する投資に対応して高まるはずです。
 公益サービス業は、公衆に対するサービス性と企業としての収益性を要求されますが、収益性は数字として評価されやすいのに対して、サービス性には評価しがたいところが多くあります。たとえばバス事業で、車掌を廃止してワンマンバスとすることがサービスの低下になるのか、座席を新型に取り替えるのがサービスの向上であるのかというような場合です。
 一般論として、収益性とサービス性は矛盾するといわれています。そして公益サービス業には、政治力の影響を受けて収益性を低下するようなサービスを要求される面 があることです。旧国鉄が多くの不採算路線をもっていたのも、その一例です。
 独占性をもつことによって、公益サービスが適正さを超えた収益を上げることができるのも事実です。NTTが民営化されて政府保有の株式が公開されたときに、異常な高値がつけられたことも高い収益性によるものといわれましたし、円高が長く続いた後にようやく電気料金が下げられたことも、電力事業が利益の一部を還元せざるをえなかったと解釈されています。

2.途上国における雇用事情と組織内部の問題
(1)過剰雇用
 民間経済が未発展で雇用を創出することができない途上国では、政府機関、公営企業、軍隊などが最大の雇用主として、失業救済の役割を果 たしています。特に完全雇用を国策とする社会主義国では、これらの組織は経営効率を無視して多くの過剰人員を低賃金で就業させることになります。
 途上国ではまた身分制度が強く残っています。上・中流家庭で幾人もの使用人を抱えていて、それらの使用人が別 々の仕事を受け持っているのを多くみかけます。水道事業体でも、多くの守衛、給仕、掃除人が働いていますが、ここでもそれぞれの持ち分が決められており、暇があっても他人の持ち分には手を出しません。
 過剰雇用が改善されるうえで、最も効果的な要因は民間経済の発展です。
(2)途上国の組織構造
 雇い主と使用人の身分格差や、単純な労務を分担するような習慣は、公共機関の組織のなかにも持ち込まれています。
 途上国の組織では、大卒で少数のエリートがトップと上級管理職を専有し、その下に専門学校や高校卒、あるいは経験を重ねた中・下級の管理職と一般 職員がいて、エリートの補助的な役割を担います。さらにその下が大多数を占める労務職員です。エリートの間では多少の下意上達もありますが、基本的には上意下達ですべてが運営されます。過剰に雇用することが許される結果 、仕事が細分化され分担する部門の数が増えて、組織が肥満します。
 このような構造は、本質的には資産や所得の格差によるものです。少数の富裕階級、層の厚さが薄い中産階級、大多数を占める下層階級という分布が長い年月に形成され存続しているからです。
 戦前の日本では、資産・所得の分布は途上国型でしたが、戦後の農地改革、工業発展、都市化、農業保護などにより、現在のような先進国型に変化しました。さらに、出生率の低下と教育重視の国策によって高学歴化が進みました。そして今では、大多数が中流意識をもっているといわれるように変わりました。
 それは日本の組織にも反映されています。職種は専門の分化により多様化されていますが、名目上の職階があるとしても、機能的には途上国とは大きく異なるものとなっています。必要に応じて部・課・係などの職階や名称が変えられたり、人員が移動したり、またプロジェクトチームが編成されたり解散したりします。能力的な中流階級の層が厚いのです。
(3)経営効率の低さとサービス性の不足
 賃金は低くても過剰人員を抱えることによって経営効率は低下します。多数の部門があることにより、風通 しの悪さによる効率低下も起こります。
 社会に根強く根ざしている身分意識がサービス性の不足を生んでいます。多くの水道事業で、エリート職員が接客を担当する部門に配属されることは少ないのです。エリート職員にとって、住民や利用者は顧客というよりも顔の見えない大衆です。
 住民や利用者に直接対応するのは下級職員の仕事です。この人たちは組織のなかでは下積みであり、メーターの読みとりと集金、給水工事現場の汚れ仕事、料金や出水不良の苦情処理など、毎日の仕事は決して愉快ではありません。

3.適正職員数と経営の効率化
 職員数の適正さを議論するためには、ここに述べたような要因と背景がどのように変化するか、あるいは意図的に改善されるかを考える必要があります。
(1)経済の発展
 途上国の民間経済が発展することによって、過剰雇用は徐々に解消されると同時に、単純労務者は漸減します。労働需要が多様化されますし、何らかの技能をもつことにより所得を増やす機会が生まれるからです。
 それによって全体の教育水準も向上します。また、民間経済の発展はさまざまなかたちで税収を増加させ、国や社会の教育投資も活発化します。利潤追求のために民間企業が常に心がけるのは、組織の機能化や過剰雇用の抑制です。
 これは、公共機関の組織にも種々影響を与えます。
(2)組織の内部における変化(過剰雇用の解消)
 経済発展が軌道に乗り始めた途上国のなかで、水道の民営化を社会経済開発計画のなかに取り上げたり、部分的・地域的に実行し始めたところがあります。国際融資機関なども盛んに民営化を提唱しています。
 本格的な民営化に先だって、水道事業が直営で行っていた仕事がさまざまなかたちで民間に外注されます。手はじめには工事の一括外注があり、日常業務についてもメーター点検のような簡単なものから浄水場運転のような高度なものまで、部分的な外部委託も行われます。
 職員が民間に転職する個人的な動機のほかに、事業の側にも費用節減する必要性があって、過剰雇用が徐々に解消されることになります。
(3)組織の内部における変化(研修の充実)
 近年、途上国で合い言葉になっているのは人材開発です。国策として掲げている国もありますが、基本戦略としている事業が多数あります。自分の事業を発展させるためには、自力で人材を開発するのが本筋であるからです。
 民間の製造業が生産を海外移転するときに、最も重視するのは生産に直接関与する技能職の訓練です。量 質ともに、製品の生産性を上げなければならないからです。たとえば、先進国が途上国に技術移転をするときに、相手国の上級技術者に自国の高度な技術について解説するのとは大きく異なっています。
 人材開発とは、研修により実務者の厚い層をつくることであるという認識が急速に深まりつつあります。
 このような人材開発の長期的な効果として、特に実務を担当する技能職員の地位 が高まり、前に述べたような身分格差が縮まり、組織内によい緊張が生まれます。個人の向上意欲も刺激されます。

4.職員数の適正さを判断するための調査
(1)民間経済と労働市場
 過去に遡って民間経済と労働市場を調査します。
 経済動向としては、GNPやGDP、主要産業の生産高、貿易高と外貨収支、外貨保有高などです。ある国の経済が何を基盤にしているか、それがどのように変化しているかをみるためです。
 労働市場については、主要産業に従事する労働人口、失業率、求人倍率など、労働の需給関係についての変化を知ることが必要です。労働の質については、教育制度、初等・中等・高等教育を履修する人口のデータが参考になります。
 どのような事業がどのような学歴・職歴の人々を求めているか、それらの人々の所得・処遇はどの程度かなどについては、おそらくデータが入手できないでしょう。不十分を覚悟のうえで、多くの人に面 接して聞き取ることになります。
(2)人事制度や組織編成の推移
 人事制度とは、採用、職種・職階、昇級・昇格、懲罰、定年、年金などのルールと、これらのルールを制定・改正したり、適用したりする場合の手続きです。組織編成とは、組織図に示される部門別 の業務と従事人員数(上・中・下級管理職の数を含む)などです。
 人事制度や組織編成には、どのように政治・経済・社会環境を認識して事業を経営するかというトップ経営者の意志と意欲が反映されます。調査に際しては、トップ経営者に面 談してそれらを質問することが有益です。
(3)研 修
 職種・職階別の研修コース、期間、方法と教材、参加者の選考がどのように行われているか、研修効果 について個人が評定されるか、その評定が人事にリンクされるかなどです。
 研修制度に関しても、面談してトップ経営者の意志と意欲を聞きたいものです。
(4)他の業種や他の水道事業の職員数のデータ
 他の業種とは、電気、ガス(もし、あれば)です。他の水道事業とは、同じ国内や経済発展のレベル(たとえば1人あたりGNP)が同程度の国の事業です。
 全職員数について、1人あたりの顧客数、給水地域の広さ、売上げ高が生産性の指標となります。部門別 の職員数について、1人あたりの生産(取水、導水、浄水)量、流通販売(配給水、営業)量 も参考になる指標です。
(5)職員数の適正さ 
 水道事業のみならず、すべての組織の職員数は相対的なものです。
 公共機関には「定員」という考え方がありますが、それを民間企業では大まかに「従業員数」としてとらえ、内外の状況に対応して絶えず変動させるものと考えます。
 旧共産主義国家では、労働人口のすべてが何らかの組織に属する「定員」であり、それを誇りとしていたのですが、そのような無理がたたって制度全体が崩壊しました。資本主義の最先端にあるといわれる米国では、経済が好況に転じていますが、失業率は不況時に比べて高くなっています。
 多くの途上国の経済は大きく変化しつつあります。途上国の水道事業に必要なことは、変化に対応して、どのように自分の事業を着実に成長させるかを考え、そのなかの最重要戦略として人材開発を取り上げることです。
 人材開発は、結果として既成の社会秩序を大きく変えることになるかもしれません。中級・下級管理職の能力が向上した結果 、それまでの上級管理職の数が過剰になるかもしれませんが、それは仕方がないことです。水道事業は、それ自身のために存在するのではなく、社会を構成する一つの機能として存在するものですから。

(若本 修)

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