4.4 水道事業の組織と人事制度


Q121
多国間融資機関は融資交渉において、当該事業体の組織改善を求める場合が多いのですが、その事例を示してくださいい





  Key words:多国間融資機関、組織改善、人員削減

 米州開発銀行(IDB)による、南米エクアドルの首都キト市に対する要求の事例です。

1.組織改善を必要とする条件
 1994年に米州開発銀行はラテンアメリカ諸国に対して、「下水道の普及促進のための融資条件として、下水道部門を上水道部門と同一の事業体に統合し、下水道使用料を徴収することが必要である」という勧告を行いました。
 多国間融資機関の融資を受けようとする途上国は、そのために事前に「自主的に」政府機関を整備します。エクアドルの場合には国家近代化法を制定しました。
 また、キト市は米州開発銀行の融資を受けて2025年を目標年次とするマスタープランを1996年中に策定し、引き続いて水源開発、導水路・浄水場の建設、配水管網の整備、下水管網と処理場の建設などを実施することになっています。これは巨額の投資を必要としますから、人件費削減など経営の合理化を前提とするものです。

2.対応策の現状
(1)上下水道の統合
 南米諸国の都市では、上下水道、ゴミ、電話、電力など社会インフラストラクチャーの事業体を地方公営企業とみなし、財政的な自立能力の有無は別 として、市の行政サービスと分離して運営するのが普通です。
 キト市では上水道と下水道を別々に経営する上水道公社と下水道公社が存在していましたが、上記の米州開発銀行の勧告に従って両公社を統合し、1994年に上下水道公社としました。エクアドルでは地方公営企業に関連するいくつかの法律がありますが、地方公営企業だけにかかわる単独の法律はありません。
 この統合は、上水道公社が下水道公社の技術・技能職約50名と労務職約200名を含む職員を吸収して、約1800名の上下水道公社とするというかたちをとりました。統合に際して、下水道公社の総務、財務、労務などの管理職の一部は過剰とみなされて退職させられました。また、下水道公社の一部である中・小口径ヒューム管製造工場は数十名の職員ごと民間に売却されることになりましたが、生産性が低いために買い手を見つけるのが難しい状態でした。
 統合により新公社は、下水道使用料として水道料金の3分の1を徴収することになりました。これは将来は2分の1に引き上げられるといわれています。
(2)国家近代化法
 当事の政権は、行政の地方分権化、公務員の削減および民営化政策を骨子とする国家近代化法を策定し、1993年2月に国会で承認を受けました。上下水道公社もこの線に沿って、約1800名の職員数を900〜1000名程度にまで削減する方針です。
(3)マスタープラン
 公社が作成していたマスタープランのための計画資料によれば、1995〜2020年にキト市全人口と給水人口はそれぞれ、1.41→2.90百万人、1.16→2.31百万人となり、水供給量 は現在の高漏水率を大幅に改善することにより50.9→78.7万t/日となります。
 同資料によれば、1995〜2004年に営業収入は34.8→48.3百万ドルと39%の増加を示すのに比べて、営業費用は26.9→29.6百万ドルと10%しか増加しません。そのなかでも一般 管理費は減少しており、人員を削減したままで経営するという方針が裏付けされています。

3.組織上部機構の再編成
 新しく編成された上部機構は図1に示すとおりです。各局の下部機構の編成は準備中でしたが、公社では、人員削減や組織の再編成を一つの改革プロジェクトとみなしており、十分に時間をかけて完成させたいといっていました。
 再編成の主要点と、その考え方は以下のとおりです。
(1)1995年からは外部の民間法人による監査が必要となり、監査権限を強化するために総裁直属の内部監査室を設ける。
(2)総裁のスタッフ機構として多くの直属の顧問や室があったが、ラインを機能化するために、それらを整理し簡素化した。
(3)組織簡素化のために、総務局と財務局を統合した。
(4)人材育成(manpower development)のために、総務局人事部を人事局に昇格した。
(5)施設の維持管理を重視するために、技術局の維持管理部を維持管理局に昇格した。
(6)総合的な企画立案と各局のコーディネーションのために計画局を新設した。
(7)公社の運営について、理事会を最高の機関とした。
(8)契約について審議する委員会を設け、契約の承認を理事会の議決事項とした。
(9)総裁に対して勧告するための民間協力委員会を設けた。
(10)広報(public relations)サービスの改善のために総裁直轄の広報室を設けた。

4.キト市の組織改善についての私見
 以上に述べたキト市の組織改善について私の見方を述べます。
 上下水道を1つの事業体に統合することは、ラテンアメリカ諸国に等しく勧告されたものです。
 キト市の場合には、下水道の整備は著しく遅れています。計画的に行われた大規模の宅地開発地域では、未処理の汚水があらかじめ敷設された管網で集められて最寄りの排水路に流されますが、それ以外の地域では、各戸の未処理汚水や浄化槽処理水が勝手に排水路や小川に流されています。資金不足のうえに市街地の起伏が激しいという自然条件が重なって、以前につくられた処理場の計画も放置されていました。
 その一方で大規模な施設をもつ上水道は、それなりに組織化され財務内容もまずまずの状況です。したがって、下水道整備のための統合は必要で適切であると思います。
 キト市上下水道公社の組織改善は、行政改革という国策にも沿うものです。
 2020年の水需要に対応するマスタープランを策定して、大型の長期投資を行うためにはある程度の人員削減を伴う組織整備はやむをえないことです。
 私は、キト市の場合の組織改革を必要で妥当と考えます。

5.一般論としての組織改善要求
 ただし一般論として考えるときに、多国間融資機関が融資対象事業体に対して組織改善を要求する場合には、広い視野と深い思慮が必要であり、また節度ある提案がなされるべきであると思います。
(1)広い視野
 先進国による二国間援助の、特に無償資金協力案件の場合には、外交的な配慮が優先されるために必要な本音の議論がベールに包まれる危険があります。その点で多国間融資機関の場合には、ある種の権威を途上国に対してもつことができますから、本音の勧告・要求を提案しやすいのです。
 融資が確実に返済されることが融資機関の最大の関心事です。しかし、途上国の公営事業への融資には担保がなく、その国の政府の保証があるだけです。したがって、返済の安全を期して、事業の収益性を重視せざるをえません。一方で、水道のようなサービスは国民の生命を守り生活を向上するための基盤ですから、公益性を最優先するべきです。
 収益性と公益性は、時として矛盾することがあります。そして板挟みに苦労するのは、公営事業の最前線で住民や利用者に接する人々です。国際融資機関が内在する権威主義、収益性の過重視、数字のみを扱うことによる現実からの遊離などの傾向を、私は憂えます。
(2)深い思慮
 二国間の場合に比べて、多国間融資機関の融資条件は金利、償還期間、据置期間、手数料などの条件が、普通 には厳しく設定されます。融資機関の本質として、やむをえないことです。
 途上国の水道のようなサービスは、利用者の長い生活習慣、近代化されていない市民意識と公共道徳、民主化されていない政治・行政などが大きい影響を与えます。先進国の水道が運営されるレベルに到達するには、長い年月が必要です。
 たとえば、水に対してお金を払うという受益者負担のルールが理解されがたいとか、水を盗むことについての道徳感、水源を汚染することに関する市民意識が不足しているとか、拙劣な施工を黙認するとか、水道事業の収益からの上納を政党が要求するとか、数えきれないほど問題があるのです。
 途上国の側からみれば、それなりの理由もあるのですから、それらを理解しようとする努力を多国間融資機関に望みたいものです。
(3)節度ある要求
 たとえばキト市の場合には、マスタープランを実施するために大幅な人員削減が必要です。多国間融資機関がそれを直接的に要求しているわけではありませんが、そのような人員削減を前提とする経営計画に基づいて融資するのですから、間接的には要求していることになります。すでに失業率の高い国で、技能レベルの低い職員を大量 に解雇することには問題があります。  
 節度を超えた内政干渉に近い要求をすることは、途上国の自主努力の意欲を削ぐような結果 を生むことになると考えます。 

(若本 修)

図1

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