4.4 水道事業の組織と人事制度


Q122
途上国での水道事業を良好に機能させるために、広報活動の面 で何が重要ですか





  Key words:広報活動、情報公開、苦情解決、啓蒙運動、住民参加

 多くの途上国の場合には、統治者は支配的な権力を行使し、民衆はその権力に服従させられた長い歴史がありますから、それらの国々が近代国家としての体制をとっている現在においても、官民の間には支配・被支配という緊張関係が残っていることは否定できません。
 多くの場合に官営・公営の水道事業体は役所であり、職員は役人です。役所の側には水を供給するという根強い恩恵意識があり、広報活動が必要であるという認識は薄いのです。したがって、事業体の側に認識を改めさせることがまず必要となります。
 このような環境のなかでは、住民側あるいは利用者側から広報活動を要求する動きは起こりません。後のQ124にあるように、出水不良、料金不当、水質不良という切実な苦情を先に解決してほしいという声はあるでしょうが、それを先延ばしにして事業体が「誠心誠意」を広報しても住民・利用者は信用しないでしょう。
 このようなギャップを徐々に埋めることが広報活動であると、私は考えます。
 基本的なアプローチは水道事業体の側からの情報公開を努力することです。日本の水道にもみられることですが、突然に「水源の貯水量 が少なくなったから節水してください」とか「経営が苦しくなったから料金を値上げしたいので協力してください」と言われても、納得できないのです。

1.都市水道の場合
(1)苦情解決
 まず苦情解決を最重要な課題とすることです。短期間に解決することは困難ですから、苦情の原因を説明し、それらの解決のための方法、費用、必要な期間を説明すると同時に公表し、実行することです。途中で実行計画を変更する必要がある場合には、こまめに説明しなければなりません。
(2)広報委員会の編成
 水道事業体の公約を監視するための公的な委員会組織が必要です。その組織を構成する委員には、ジャーナリスト、弁護士、教育者、女性団体や市民団体の代表、市民運動家、銀行家や会社経営者などの民間人を含める必要があります。事業体幹部、地方議員、学識経験者など同調傾向の強い委員のみによるお手盛り組織は意味がありません。
 苦情解決の計画が軌道に乗り始めた段階で、住民・利用者が関心をもつ、有益な情報とは何か、それをどのように広報するかについて、この委員会が審議することです。この問題は、固有な自然条件・経済社会条件に関することですから、現地の人々のほうが外国人や中央官僚よりも理解度が深いからです。
 途上国の都市で難しいのは、住民・利用者の大半を占める低所得階層が農山村からの新しい移住者であり、その生活習慣を持ち続けているので、古くから代々都市に住んでいた上流・中流の階層との間にカルチャーギャップがあることです。ここに述べた委員会のメンバーで低所得階層の意見を反映できるのは、ジャーナリスト、女性団体や市民団体の代表、市民運動家などです。
(3)啓蒙運動
 生活習慣を農山村型から都市型に変えるのは容易ではありませんが、都市生活の基盤である公共サービス(交通 、電気・ガス、上下水道、ゴミなど)に慣れて節度ある利用をしてもらい、さらに積極的にサービス改善のための協力者となってもらうためには啓蒙運動が必要です。
 そのためには、行政機関、教育機関、公共サービス部門が前に述べた委員会を中心にして広報内容を作成し、分担して実行すること、それをマスメディアと女性団体や市民団体などが支援することが適当と思われます。
(4)明日からでもできること
 配管工事に伴う計画的な断水について断水時間と復旧時刻を予告すること、復旧後に濁水が出ることを注意することは容易です。これは限られた地域ですから、広報車による巡回放送、新聞、テレビ放送などが利用できます。
 最大の苦情である出水不良の原因と対策について住民・利用者に説明するためには、中学・高校などの教育機関、女性団体や市民団体の協力を求めることが有効です。中学生・高校生レベルでは相当の理解力があり、それが自分の家族や近隣の家庭主婦に伝達されるからです。
 次に多い苦情である料金の問題について、Q124に述べる100万都市の例では本庁で対応していますが、これは適切ではありません。利用者が交通 費を負担し、時間を使って苦情を申し立てるのは、事業体の側の不親切であるからです。この場合には出先機関があるのですから、権限を移譲するべきで、最寄りの出先機関が対応するべきです。

2.地方水道の場合
 水に恵まれた地域の地方水道と都市水道の大きな違いは、地方の住民が利用できる水源が水道に限られず、井戸、農業用水路、小川なども含んでいる点です。したがって、お金を払ってまで水道を引かなければならないと考えず、普及率がなかなか上がりません。水道以外の水源があることは料金にも影響します。ただの水があるのですから、料金を高めに設定することはできませんし、水道利用者でも水道水をなるべく節約します。
 都市においては火災時に水道が威力を発揮するのですが、それは他に消火用水源がないからです。途上国の地方都市や農山村では、先進国のような消防組織や消防自動車はありません。あるとしても手押しポンプですから、井戸、農業用水路、小川などが消火用水源になります。
 利用(加入)者が少なく、使用量が小さく、料金も低めに設定せざるをえませんから、事業として成立しするのは難しいわけです。
 水に恵まれない地域では、水道に対する欲求は大変に強いのです。多くの場合に標高の高い地域ですから、低いところにある小川の水や遠いところの深い井戸の水を汲み、人力で自宅まで運ばなければなりません。貴重な栄養の大きな部分が消費され、大きな労働時間を割かなければならないのです。
 このような地域では、水道は生活改善の最大の効果をもたらしますし、住民は水道水を大切に上手に使用し、水道施設を自分たちの財産としてていねいに管理します。
(1)水道による衛生改善のための啓蒙運動
 代替水源の有無にかかわらず水道が必要な理由は、それが個人の健康と衛生環境を著しく改善することです。消化器系疾患、皮膚病、眼病や風土病の減少に水道の果 たす役割が大きいからです。
 それを住民に理解させるためには、水道事業体が病院、保健所、学校などと協力して、啓蒙計画を作成し、分担して実行することが必要です。
(2)計画・設計・建設のすべての段階の住民参加    
 地方水道では建設費用の節減が大きな要件ですから、なるべく簡単な原理や装置(ポンプ揚水よりは自然流下、急速ろ過よりは緩速ろ過、配管網よりは幹線・枝線配管)により、国産の低価格の材料を使用して建設する必要があります。また、住民の労働奉仕を含む労務提供も望ましいのです。
 このような水道システムの場合には、住民が計画・設計・建設など多くの段階で参画できますし、それは建設後の運転・維持管理段階においても、住民の協力が得やすいという有利さをもっています。
 費用節減のためには、共用栓を多く設けなければならないでしょう。その位 置を選定する場合にも住民が参加することになります。
(3)水道事業の位置づけ
 地方の場合には、水道事業は行政サービスの一部門として位置づけられるのが適当です。都市のような経営を念頭においた水道事業体は存立しえませんし、必要もありません。しかし、それは採算性を無視してよいことにはなりません。
 国、地方政府などの補助金制度の有無を考慮して、計画段階で建設・運転維持管理の費用を予測し、水道料金を仮定することができます。それが住民に受容されるかどうかを検討することも可能です。ある途上国で国際金融機関から低利資金を借り入れて建設した農村水道が、住民の負担する水道料金と補助金により元利を返済しているという話があります。
(4)苦情処理と広報の必要性
 このような住民参加型の水道では、いろいろな問題が起こっても住民組織が自分の問題として取り組み、解決に努力することになりますし、広報についても都市水道に比べて必要性が薄いと思われます。

3.外部からの援助
 都市水道の場合には、水道事業体の経営改善のための、制度改善、組織整備、人材開発などの援助が必要ですし、形成されやすいスラム住民のための簡易給水システムなどにも援助が求められます。これらを包含するようなマスタープランづくりの指導も有効です。
 地方水道の場合には、衛生改善のための啓蒙運動や低価格の水道施設の計画・設計に関して他の国、他の地域の情報を提供したり、参与することが有効です。特に地方水道の場合に有効な支援団体となりうるのは、国際的あるいはその国のNGOです。NGOは、外国と当該国、中央官僚と地方住民の間のコーディネーションの経験を豊富にもっていますから。

(若本 修)

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