4.4 水道事業の広報活動と顧客管理


Q124
途上国での水道利用者からの苦情には、どんな特徴がありますか





  Key words:苦情、出水不良、水道料金、給水装置サービス、水質不良

 主な苦情は頻度の多い順に、出水不良、水道料金と給水装置サービス、水質不良などです。

1.出水不良の苦情
 ほとんどすべての都市で出水不良は慢性的に起こっています。都市の全域にわたって、24時間を通 じて蛇口を開けば十分な水が流れ出る場合はまれです。夏季にはピーク時に出ない、日中の時間帯にはわずかしか出ない、毎日決まって断水するという例が多くみられます。
 利用者は、蛇口近くにポリタンクや陶製の水瓶を置いて、水を汲み置きするとか、極端な場合には流しっぱなしにして貯めます。また、給水の引き込み管が露出するようにピットを掘り、蛇口を取り付けている例もあります。いずれにしても、汲み置きや貯留による水質の悪化は避けられません。
 問題は、このような出水不良の実態について事業体が積極的に把握しようとしていない点です。多大の地味な努力が必要なこと、技術的に難しいことが背景にあり、出水不良を認めると料金徴収の面 で具合が悪いことなどが直接の理由です。
 出水不良は多くの原因が複合的に働いて起こりますが、ここでは浄水生産量 の不足、配水・給水におけるロス、水道事業体と利用者を取り上げます。
(1)浄水生産量の不足
 途上国の大都市にみられる慢性的な人口集中は、主として地方の農山村からの流入による構造的なものです。都市と農山村の所得格差が縮小するような社会経済政策を実行することが難しい現在、これは世界的に共通 する傾向であり、都市の水需要を急増させています。
 急増する水需要に対応するためには、まず水資源開発が急務となります。大都市の都市用水のための水資源開発には、巨大な資金、先進的な技術、法行政の機能的な執行が必要ですが、そのいずれもが途上国に不足しています。資金と技術に関しては国際機関や外国からの援助が可能ですが、法行政制度を整備し執行能力をもつ組織をつくるのは長い期間を要するものです。また、法行政の問題は民族、宗教、国家の歴史などにかかわることですから、外国人には理解しがたく、内政干渉を引き起こすおそれもあります。水資源開発のための法行政制度の整備は見落とせない問題です。
 水資源開発に関連して、水道用の水利権の確保も難しい問題です。工業化の進んだ国でも農業用の慣行水利権が優先されますし、費用分担についても農業の負担を軽くするような政治的な解決による場合が多いようです。途上国の場合には農業人口の比率が高く、農業生産性を高めることが優先されますから、水道用水や工業用水は水利権を取得するために相対的に高い費用を分担しなければならないのが実状です。
 せっかくの施設がありながら、フル生産ができない例も多くあります。途上国の中小規模の水道(給水)施設では、費用がかからず管理も容易な適正技術がありえますが、大規模の水道施設では先進国と同様な技術が必要となります。外部からの援助によって建設された取水・導水・浄水施設を運転・維持管理するための組織づくりや人材育成には長い期間が必要です。未熟な運転・維持管理によってフル運転されないのです。このほかの原因として、予算の制約による交換部品の不足や電力供給の不足があります。
(2)配水・給水におけるロス
 生産された浄水の相当な部分、極端な場合には約半分以上が配水・給水の途中で漏水・盗水によりロスとなる例が少なくありません。盗水される量 が大きい場合には、善意の利用者にとっては出水不良の原因となります。
 急増する水需要に対応するために、まず水資源開発・取水・導水・浄水という上流側の施設整備が優先することは当然ですが、外部からの援助を含めて資金、物的・人的資源が限られている結果 として、送水・配水・給水施設の整備が後回しにされることも否定できません。
 配水管網の周辺部ですでに出水不良が起こっているにもかかわらず、さらに小口径の管網を広げるとか、隘路になっている配水幹線がわかっているにもかかわらず、大きい口径に取り替えることができないのです。
 送水・配水・給水施設の建設には、現地の業者が現地産の管材料や建設資材を使用していることがほとんどです。途上国にも中小口径のスパイラル鋼管や塩化ビニル管のメーカーがありますし、管敷設の経験のある施工業者は多くあります。国内の産品や労働力をなるべく使うのは援助の大きな目的の一つです。
 しかし実状としては、これらの管材料の製造精度や強度が十分でなかったり、施工業者が仕様条件を軽視する結果 として漏水が起こっている場合が多いのです。
 世界銀行の専門家が調査した途上国の一つで、国内規格に合格しないダクタイル鋳鉄管が大量 に出荷されて実用されていましたし、給水装置材料の検査制度がないために勝手気ままな製品が市場に出回っている途上国もあります。施工についても、仕様書に明記されているにもかかわらず、矢板を使わずに規定よりも浅い深度に埋設されたり、掘削した土をそのまま埋戻しに使ったり、管の接合部の施工がていねいでなかったりする例です。
 建設後間もない時期から、これらの施設からの漏水が始まり、やがて増えていきます。その大きい原因は交通 による衝撃荷重が地下埋設物を直撃することです。
 途上国の大都市でも、中心部や既成市街地では再開発による道路の新設、拡幅が絶えず進められ、周辺部の市街地は急速に拡大されています。このような場合には、公道と私有地との境界が明確化され、公道のなかで地下利用される十分な幅員が準備され、道路建設と地下利用の計画・設計・施工管理についての協議が行われなければなりません。また建設工事が竣工した後には、道路管理と交通 管理が正常に実施されなければなりません。
 関係機関による、このような調整と統合は先進国でも容易ではありませんから、まして途上国では大変に難しいことです。配水幹線埋設が道路建設に先行して、道路の下に管が入れられていたり、予定されていた管埋設の用地の幅が足りなかったりという例があります。
 舗装が不完全であるにもかかわらず大きな交通量がある幹線道路で、明らかに積載量 制限を超えて荷物を積んだ大型車両が、制限速度以上で走っているのは珍しくありません。よほどよい管材料を使用し、衝撃に対して十分な保護がなされない限り、漏水が起こるのは当然です。
(3)水道事業体と利用者
 出水不良を改善するために、水道事業体と利用者のそれぞれが努力するべきいくつかの点があります。そして、それぞれが努力することによって相互の信頼と協力関係が生まれます。
 途上国の水道事業の民営化論がありますが、その根拠は水道事業(あるいは公営事業)がお役所仕事であり、非効率な経営をしている点です。住民の生命と健康にかかわるという公共性をもつ反面 で、地域的な独占性から経営に関する厳しさに欠けやすいことは否定できません。さらに、大型の設備投資が行われることや日銭が入ることから、政治家の利権が介入したり汚職が起こったりする土壌となりやすいのも事実です。
 供給者の「恩恵を施している」意識を払拭することは難しいのですが、それが途上国で、特に共産主義体制であった国々では強く感じられます。Q122で述べた広報活動にも関連するのですが、出水不良の実状を利用者に説明して節水の協力を訴えるとか、計画的な断水の予告をするとか、料金値上げの理解を求めるという「供給者としての責任」、「経営の健全化」意識をもつことが急務です。
 未熟な運転・維持管理のために浄水能力がフルに発揮されない場合と同様に、送水・配水・給水施設からの漏水の探査・発見・修理などについても消極的な場合が多くみられます。ポンプ場などの運転記録はありますが、定期的な点検のためのチェックリストがなかったり、修繕・交換のための部品の在庫がわからなかったりという例が多いのです。組織のなかに漏水担当部門が常設されず、探査の簡単な器具がなかったり、予算がないために緊急出動や夜間作業ができないという場合も珍しくありません。
 利用者の側にも問題が多くあります。出水不良の地区では、条例を無視して正々堂々と自家用のポンプを使用していたり、勝手に分岐・引き込みをしたりしています。いつ水が出るかわからないからと、蛇口を開きっぱなしにすることも当然と考えています。自己本位 のこれらの行為が出水不良の原因になるということは理解されません。人口が急増する大都市では、農山村から移住した住民には水供給システムを理解することが難しく、また「節度ある」水利用という市民意識はありません。
 以上に述べたような事態を改善するためには、職員の研修、公平な人事考課、過剰人員の整備、民間人による経営への参加、広報活動の活発化、政治家の介入の遮断などが水道事業体の側に求められます。利用者の側としては、女性団体・市民団体による水道事業への協力、水道を含めた公共サービスについての学校による教育強化が必要です。

2.水道料金と給水装置サービスの苦情
 給水人口100万人、給水戸数20万の南米のある国の首都で経験したことです。水道事業を経営する市営上下水道公社の職員数は現在1800名ですが、近い将来に経営改善のために約3分の1を減員することを検討中でした。公社の総裁の下には6局があり、その一つである営業局は料金に関係する検針・調定の2部と、給水装置サービスに関係する顧客サービス・メーターの2部から編成されています。
 営業局長の自慢は、検針・調定・集金のコンピューター化です。検針係員は毎朝小型のコンピューターを受け取って出発しますが、このなかには当日検針する顧客の住所、氏名、前回までの使用水量 のデータと訪問先の顧客の順序が入力されており、それが液晶画面に表示されます。夕刻に事務所に帰った係員が小型コンピューターをホストコンピューターに接続すると、当日のデータがホストコンピューターに転送されると同時に、翌日の作業命令が小型コンピューターに転送されます。
 ホストコンピューターは検針データから料金を計算して請求書を作成し、調定係員がそれを顧客宛てに配送します。顧客が公社の本庁、支庁、金融機関など料金を納入すると、そのデータはホストコンピューターに転送され、ホストコンピューターには全顧客の料金納入に関するデータが保存されます。営業局長のデスクパソコンからは、これらのデータの動態を呼び出すことができます。南米の首都クラスの都市では3〜4番目のコンピューター化の例とのことでした。 
 営業局長のもう一つの自慢は、2年前に完成したメーター検定・修理工場です。メーター20台を同時に検定するラインが5列、4人が並んで修理するためのワークベンチが3列あります。この工場がフルに活動するための定員は約30名と推定しました。
 このように設備が整備されているにもかかわらず、約1カ月の滞在中に料金と給水装置サービスの苦情が膨大な数に上っていることに気づきました。
(1)苦情申し立て者の行列(料金の苦情)
 本庁の1階のホールの片側には約10の窓口があり、各窓口には係員がいてパソコンを前にして料金の苦情を聞きます。窓口ごとに10人前後の顧客が自分の順番を待っています。その行列の人数が少し減ると、正面 玄関の内側にいる別の係員が玄関の外の階段まで続いている長い行列の先頭の人々を、各窓口に割り振ります。
 1カ月近く月曜日から金曜日まで通勤した毎朝、このようにして200〜300人の苦情申し立ての行列を見ました。この数は年間を通 じて大体同じであるということなので、推定すると約5万件ぐらいの件数となりますから、給水戸数の25%が料金の苦情を申し立てると想像されました。この推定を他の部局の幹部に話したところ、実態に近いだろうとの返事でした。
 料金の苦情に関する原因は、水が出ず空気が出ているのに検針データから調定された料金を支払わされるとか、メーターが老朽化して過大に計量 されるのではないかなどが多いようです。材料と施工の不良によるメーター以降の漏水も計量 されますが、それが公社の直営施工による場合には苦情になります。
(2)陳情者の行列(給水装置新設の申請と陳情)
 給水戸数の増加は年間15000程度ですが、新設の場合には申請後2〜3カ月待たないと引き込み管やメーターを取り付けてもらえません。申請書を提出する人、申請後に督促に来る人の行列は、別 の階で長い行列をつくっています。担当部課の部屋の入口に係員がいて、ときどき室内の様子をのぞいてから行列の先頭の数人を部屋に入れます。
 新設の工事はすべて直営によります。技能者と労務者の4〜5人のチームが1カ所で半日近くかかって作業するとのことです。所定の費用のほかに、このチームに相当の謝礼を払うのが慣例となっています。
 公社の上級幹部の一人に、日本の給水工事店制度が新設工事の促進に役立っていることを説明したのですが、あまり関心を示しませんでした。
(3)メーターの検定・修理
 前に述べた工場を見学した折りのことですが、30名程度が作業できる設備がありながら、実際に働いているのは10名足らずでした。理由を聞くと、現場からの要求で新設工事のチームに参加しているとのことでした。
 メーターの法定耐用年数、実用年数、新規購入・修理、廃棄・在庫の台数などについて公式なデータを得ましたので、これらからさまざまな試算をしてみますと、工場がフル稼働する場合にのみつじつまが合うことがわかりました。工場の実際の稼働率は低いと思われますから、老朽化によるメーターの計量 精度の不良が苦情の原因になっているはずです。

3.水質不良の苦情
 水質不良に関する苦情は、出水不良や料金と給水装置サービスに関する苦情に比べると、件数が少なく厳しさも弱いようです。前の2つの条件があまりにひどいために後回しにされているのかもしれませんが、水道水を飲まない習慣が根づいている国では、料理、入浴/シャワー、洗濯に使う水は、ほどほどに清澄であればよいと考えられるようです。所得の低い層までプラスチック容器に詰められた飲料水を買うような途上国は多くあります。
 最も多いのは鉄錆など管内の堆積物が工事に伴って蛇口に出る場合です。これは利用者に予告して理解を得るべきなのですが、そのような広報活動を行っている例はまれです。次に多いのは管内の圧力が低いために、管の継手などから地下水が浸透する場合です。極端な例として東南アジアのある国の首都で、上級幹部が水道水を飲まないほうがよいと地区名をあげたこともあります。確かにかすかなドブ臭を感じる水道水でした。
 その他には 鉄・マンガンやフミン酸系物質による色、凝集・沈澱・ろ過の処理不良による浮遊物、溶存空気の気泡化などが苦情の原因となります。これらは、酸化剤、凝集剤や助剤を十分に注入し、経験のある係員が正常な運転をすれば起こりえないことなのですが、途上国では予算の不足、処理の基本についての理解の不足、未熟な運転・維持管理などからやむをえないのが実状です。

(若本 修)

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