5.1 水道整備


Q129
設計基準がない国、あるいは不適切な国における、基準の考え方を説明してください





  Key words:設計基準、適正技術

1.途上国の設計基準
 一般に、途上国の既存水道施設は植民地時代に宗主国が建設した施設をもとに、その後援助国が更新増設した施設が多くを占めています。これら施設の設計基準は旧宗主国や援助国の基準を採用しています。また、途上国では研究開発、技術の蓄積、移転が不十分なため、独自の設計基準をもっている国はほとんどありません。このように設計基準をもたない途上国は、旧宗主国の基準や先進国の基準をそのまま使用している国が多いようです。なお、先進国においても日本のような詳細な設計基準をもっている国は珍しく、設計の多くは技術者の裁量 に負うところが多いようです。ただし、日本の設計基準も最近では、地域の特性を考慮して設計できるように、基準にかなり幅をもたせており、技術者の裁量 の余地が増えてきました。

2.途上国での設計に重要なこと
 設計基準のない国、あるいは不適切な国において設計を手がける場合、日本人がとりうる選択肢として最も簡単な方法は日本の設計基準の採用です。しかし、日本の基準は、日本の経済、文化、社会、気候などの状況・条件をもとにつくり上げられてきたもので、これらの諸条件が異なる途上国に必ずしもそのままあてはまらないことが多いようです。また、途上国においては日本にはない技術や施設を導入するケースもあり、すべてに日本の基準を適用することは無理があります。高い建設費用と維持管理費用、日本でしか手に入らない部品、薬剤、高度な技術を必要とする日本の基準をあてはめた援助施設や機器が放置されたままというケースをときどき耳にします。日本の基準を途上国に適用する場合は、まずはその基準が成立した背景を十分に理解していることは当然として、適用しようとする途上国の経済、文化、社会、気候、技術レベルの状況を十分に理解していなければいけません。そのうえで導入しようとする技術がその国にとって適正かどうか、適正であるならば日本の基準が適用可能かどうか、また、どのように適用するのかを考える必要があります。また適用不可能な場合や、日本にその技術に関する基準がない場合は(途上国における適正技術は低コスト技術である場合が多く、このような技術に関する基準を日本が有していない場合が多い)、海外の他の文献にあたったり、実際に現地で調査を行うことも必要となります。途上国で設計や計画をする際、最も重要なことは、豊富な経験や知識はもちろんのこと、途上国の多様な状況に応じて、それらを効果 的に適切に活用できる柔軟な思考力とセンスをもっていることです。そして、日本の設計基準や日本での経験・知識が柔軟な発想を妨げ途上国へ適切でない日本の技術を一律に導入してしまうことのないように常に心がける必要があります。

3.日本と途上国の設計思想の違い
 日本の基準も日本と途上国の状況や特性の違いを考慮したうえで使用したならば、十分に有用な基準となります。一般 に、日本と異なる途上国の特性は次のようなものがあげられます。
(1)気候(途上国は熱帯や乾燥地域に多く属している)。
(2)経済力(経済レベル、所得が低い。資金調達が困難である)。
(3)技術力(建設、維持管理技術レベルが低い)。
(4)エネルギー資源(大量の電気、燃料の利用が困難である)。
(5)物資・労働力(資機材に乏しいが、低賃金で豊富な労働力がある)。
 このような一般的な違いを考慮すると、日本の基準を途上国に適用する際、以下のようなことに注意する必要があります。
(1)生物・物理・化学処理の基準は日本の気候、水源状況に独自のものである。
(2)日本では安全側で設計され、余裕幅も大きいため、強度・規模が過大になりやすい。
(3)日本では複雑な機械、高度な技術、自動制御が導入されやすい。
(4)日本ではエネルギーを大量消費する技術が多く途上国に豊富にある労働力を使用しない。
(5)日本にあるが途上国にはない資機材や薬剤が必要である。
 上に示したことを考慮し、さらに途上国ごとの特殊性を考慮して対象地域に最適な技術とその基準の適用を行うことが重要です。

4.途上国での基準の考え方の例
(1)配水池の設計の場合、日本には配水池容量は1日最大配水量の12時間分を標準とする基準がありますが、これには実需要量 のほかに施設の突発事故による必要水量、消火用水量と余裕水量などが含まれています。途上国では突発事故による必要流量 を特に考慮する必要がなかったり、消火用水にしても、熱帯で火事がほとんど発生しなかったり、隣家との間隔が広く類焼の可能性がなかったりするため、実需要量 だけに必要な容量(4〜6時間分)で十分と考えられるケースが多いようです。実際に3時間程度で設計した例もあります。
(2)配水管は時間最大配水量で設計しますが、以下の事情により暫定処置として日最大配水量 で設計しました。
 1)浄水能力が需要量に比べて著しく低く、当分の間浄水量も増加しない。
 2)時間最大配水量での設計では、市内全域にわたる大規模な配水管の更新と増設が必要となり、著しく建設費用が増大し、全体計画の実現が損なわれる。
 3)需要量の時間最大時には、庭の水撒き用水がかなりの比率を占めるため、この需要量 の抑制効果を見込んだ。
(3)水源水質や浄水技術レベルが日本とは大きく異なり、日本の飲料水の水質基準を適用することが適切でないと判断し、より緩やかなWHOなどの基準を採用しました。
(4)日本の浄水施設の設計基準は、たとえば
  フロック形成池20〜40 分
  横流式沈澱池の表面負荷率15〜30o/分
  急速ろ過池のろ過速度120〜150m/日
のように標準的な範囲が示されています。日本の場合はこの範囲内の中間値あるいは安全側を採用する傾向にあります。しかし、途上国での設計の場合は、建設コストを抑えることに重点を置いて、範囲内の下限値を採用するケースがよくあります。

5.設計基準のある国における計画・設計
 途上国のなかでも、CIS(独立国家共同体)諸国のように設計基準がある国もあります。これは旧ソ連時代に作成されたかなり詳細な基準で、内容の細かさでは日本の設計基準が見劣りする部分もあります。また、適用範囲も広くソ連全土が対象で地震、凍土地帯などでの計画・設計も考慮されています。このように、設計基準がある場合はどうすべきでしょうか。やはり、その国に適しているその国の基準を採用することが最適なのはもちろんですが、日本の基準に長く慣れ親しんだ日本の技術者にとっては、現地の基準への順応も難しく、また、プロジェクトの時間的制約もあり、その国の基準全体を把握することは非常に難しい状況です。したがって、この場合でも、日本の技術者は、やはり日本の計画・設計基準を基本とした考え方をせざるえないことになってしまいます。加えてCIS諸国の場合は、設定基準がロシア語で書かれているためその翻訳だけでも多大な費用、労力、時間を必要とし、さらに現地の基準の適用を困難にさせています。このようなことを考えると、日本の技術者にとって基準があるのもないのも大変なことには変わりはないようです。

【事例プロジェクト名】
ポートモレスビー上水道整備計画調査(パプアニューギニア)
プノンペン上水道整備計画調査(カンボジア)

【参考文献】
1)開発途上国における都市排水・汚水処理技術適用指針(案),建設省・国際建設技術協会,1993.
2)Bernard J. Dangerfield, ed:Water Practice Manuals 3. Water Supply and Sanitation in Developing Countries, Institution of Water Engineers and Scientists, London, England, 1983.
3)Construction Norms and Regulations(SNiP):Water Supply Surface Networks and Construcions:An Official Edition, USSR State Committee on Construction, Moscow, 1985.

(芳賀 秀壽、佐藤 弘孝)

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