5.2 水 源


Q137
乾燥地域(arid area)の水源開発について、わが国の技術者が留意すべき点を説明してください





  Key words:乾燥地域、水資源開発、海水・汽水の淡水化、地域紛争

1.乾燥地域における問題点
 地球上で乾燥地域(arid area)は陸地の3分の1を占めています。また地球上の水の賦存量 の97%は海水であり、淡水は3%にすぎません。さらに乾燥地域においては降水はその絶対量 が少ないうえに、水資源として利用できるのは降水量の数%以下といわれています。
 中東・北アフリカ地域はその大半が乾燥地域に属し水は本来的に稀少な資源で、すでに各国の水使用量 はその利用可能量の限界に近づいています。さらに中東・北アフリカ地域に特有の問題として、ナイル川、チグリス・ユーフラテス川、ヨルダン川など、年間を通 じて常に流量のある河川はほとんどが国際河川で、水資源開発が各国間の紛争の要因の一つとなっています。
 中東・北アフリカ地域の人口は現在約2.8億人で、過去30年間で2倍に増加しています。年平均人口増加率は2.5〜3%で、30年後には人口が5億人を超えるものと予測されています。このため、1960年に1人あたりの水資源賦存量 は3300m3であったものが、1995年には60%減の1250m3となり、さらに2025年には650m3に落ち込むことが予想されています。

2.乾燥地域における水資源開発
(1)表流水開発
 表流水開発は常流河川において進められていますが、今後の開発を国際的な水管理の議論なしに進めると大きな問題となります。チグリス・ユーフラテス川水系では上流のトルコにおいてダム群建設による水資源開発計画がありますが、これを実施すると下流のシリア、イラクで河川流量 の減少を引き起こすと懸念されています。またヨルダン川水系では、イスラエルをはじめ、ヨルダン、シリアにより水資源はほとんど開発しつくされており、現在でも下流域の流量 減少や塩水化がみられ、新規水源開発は既存の水利用に影響を与えることが予想されるために困難な状況となっています。
(2)地下水開発
 地下水開発は降雨による涵養のある循環地下水はもとより、化石地下水も利用されています。地下水の揚水量 は涵養により再生される量を超えているところも増えており、過剰揚水による地下水位 の大幅な低下や水質汚染といった問題が生じています。またサウジアラビア、エジプト、リビアなどにみられるような再生不可能な化石地下水の大量 揚水は、将来に大きな問題と禍根を残す可能性が高いといわれています。
(3)新しい水資源開発
 海水・汽水(塩分を含む地下水)の淡水化プラントは湾岸産油国を中心に普及しています。淡水化が最も進んでいるサウジアラビアでは全体の給水量 に占める割合は7%程度となっています。また下水処理水の再利用や船舶による水の輸入も進められています。

3.乾燥地域における農業用水と都市用水(表1)
 水利用の内容はその80%以上が農業用水によって占められています。農業用水は生活用水や工業用水と比べて水使用量 が圧倒的に多いばかりでなく、水損失率が70%にも達しています。その一方、農業は政府の補助金によって維持されており、単位 水使用量あたりの生産性は工業の10分の1以下となっています。よって農業用の水利用の合理化が求められています。イスラエルでは農業、灌漑技術の改良により1955〜1985年の30年間で1haあたり約40%の節水を達成しています。

4.乾燥地域の水資源問題の解決へ向けて
 都市用水についても原価の数十倍の政府補助金が投入されて現在の水価を維持しており、今後新規の都市用水の供給コストは数倍にはね上がるものと予想されています。一方、給水施設の老朽化による漏水、不法取水、水道メーターの不備などによる無収水率が50%以上にも及び、その改善が望まれます。
 中東では各国独自の河川、地下水による水資源開発はもはや限界に近くなってきています。中東地域全体の水資源問題の解決のため、ピースウォーター・パイプラインなどの国家間の導水計画が提唱されていますが、長年にわたる紛争の歴史があるため、実現のめどは立っていません。しかしヨルダン川水系の関連国への水配分問題が、中東和平交渉により前進する動きもみられます。
 水資源の保全および水利用の効率化を進めるとともに、農業・都市用水の節水、下水・工場排水の再利用、淡水化プラントの利用などの代替水源確保の技術的向上、コスト低減(表2参照)が当面 の課題となると考えられます。
 21世紀における水資源問題が解決できないと、国家の経済基盤が安定しないという状況にとどまらず、南北問題が拡大して再び地域紛争や戦争が繰り返される可能性が高いといわれています。
 水争いから地域紛争へと向かった過去の経験に基づき、21世紀には地域紛争を発生させずに、和平プロセスにインセンティブを与えるような、合理的な水利用を行うための協議と国際協力が必要です。中東地域の包括和平を可能にする国際政治のフレームと、新しい技術を組み入れた水資源対策が共生できる環境を整備していくことにより問題解決が可能となると考えられます。

【参考文献】
1)Murakami M:Managing Water for Peace in the Middle East:Alternative Strategies, United Nations University Press, Tokyo―New York―Paris, 1995.
2)Berkoff J: A Strategy for Managing Water in the Middle East, World Bank, Washington DC, 1994.

(村上 雅博)

表1,2

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