5.2 水 源


Q140
熱帯地域の水文の特徴を説明してください





  Key words:熱帯地域、雨期、乾期、流出特性、サイクロン、熱帯性サバンナ地域

 熱帯地域には地理的に赤道沿いの地域が含まれますが、気候的には東南アジア、南米のアマゾン川流域、西アフリカの地域では熱帯雨林気候が一般 的で、また東アフリカおよび南米の一部では熱帯性サバンナ気候地帯もみられます。熱帯地域の水文的特徴は地域ごとに気候、年間降雨量 、降雨パターン、ならびに地形、植生などのさまざまな条件によって大きく変化しており、概括的に記述することはきわめて難しいのですが、以下にその特徴をまとめます。

1.熱帯地域における雨期・乾期の存在、ならびに堆砂量
 アジアの熱帯地域の気候は、熱帯モンスーン(季節風)によって支配されており、その大部分の地域で夏のモンスーンが吹くときが雨期となり、冬のモンスーンが吹くときが乾期となります。雨期の発生時期は地域ごとに異なります。
 表1は各国の一般的な雨期を示しています。一国のなかでも地域ごとに雨期の発生時期が大きく異なる国もあります。たとえば多数の島からなるインドネシアでは一般 に11月から翌年の3月までの期間が雨期となりますが、同国のスラウエシ島の東部からアンボン島付近では6月から9月ころに雨期を迎える地域が存在します。アジアの熱帯地域では乾期といってもすべての熱帯地域でまったく降雨が発生しないわけではなく、マレーシアのように1年を通 じて比較的安定した降雨が起こる熱帯地域も存在します。
 熱帯地域の流域では、雨期・乾期で降雨量に相当の差があるため、それに伴って河川流量 が大きく変動しているのが一般的です。メコン川流域では、雨期には洪水、乾期には旱魃を繰り返しています。
 また、インドネシアのジャワ島東部は、同国の他の地域と比べて乾期の降雨量 が著しく小さく、それに伴い乾期の河川流量も非常に小さくなります。逆に雨期には集中的な降雨が発生するため、洪水氾濫を引き起こし、河川沿いの地域において甚大な洪水被害が発生します。
 このような雨期と乾期の流量の差が激しい地域では大規模なダム・貯水池の建設が進められてきましたが、ジャワ島東部の既存ダムにみられるように完成後の上流域の森林伐採のため、ダムへの堆砂流入量 が著しく大きくなった貯水池もあります。熱帯地域では一般に開発が進んでおらず、原始の熱帯雨林が多く残っている流域ほど堆砂流入量 の値が小さくなる傾向があります。たとえばインドネシアの場合、人口が密集して開発が進んでいるジャワ島内の流域では比堆砂量 が一般的に2000m3/km2/年、またはそれ以上とかなり大きな値となります、開発が進んでいない他の島では1000m3/km2/年以下の値となるのが一般 的です。

2.南アジアの熱帯地域における流出特性
 一般に、熱帯地域の流域における通年の流出特性(年間降雨量に対する流出量 の割合)は、流出率(=年間流出高/年間降雨量)に加えて、年間蒸発散量(evapotranspiration:年間降雨量 −年間流出高)で示されることがしばしばあります。1983年に完了した“Hydro Power Potentials Study”は、インドネシア全土の水力開発有望地点を対象として水文解析が行われました。同調査を通 じてインドネシア全域の年間降雨量は1500〜4000mm に及び、同年間降雨量に対して年間の蒸発散量 は800〜1500mm に達することが明らかにされています。一般的に流域の平均蒸発散量 は、降雨量・降雨パターン、その他の気象条件、土地利用状況・植生、地形、土壌などのさまざまな条件によって左右されますが、熱帯地域特有の条件を有する流域では同調査で得られた蒸発散量 の範囲内にあるものと想定されます。
 タイ国内の流域に対して行われたこれまでの水文解析結果をみると、タイ国内の流域における流出率は1500mm程度の年間降雨量 に対して流出率は30〜40%と、日本国内の流域と比べて低い流出率を示しています。
 南米および西アフリカの熱帯雨林地帯においてもアジア地域の熱帯雨林地帯と類似した通 年の流出特性を有するものとみられますが、一般に日本人になじみが薄いこれら熱帯地域に関しては今後広範囲な調査を実施し、その流出特性を明らかにしていく必要があります。

3.バングラデシュにおけるサイクロンによる洪水の発生
 東シナ海に発生する台風がアジアの熱帯地域に侵入することはきわめてまれですが、インド洋に発生したサイクロンおよび熱帯性低気圧がインド洋岸の熱帯地域を襲い、大規模な洪水を引き起こしています。バングラデシュ、パキスタン、インドの熱帯地域には、チベット高原およびヒマラヤ山脈を源とするブラマプトラ川、ガンジス川、インダス川などの世界的大河が流下しており、乾期においても河川流量 は豊富です。しかしながら、 これらの河川は雨期に膨大な土砂を河口部へ流下させるため、下流区間の河床が上昇し、洪水氾濫の原因の一つとなることもあります。
 これらの熱帯地域では人口密度が高く、河川水位の上昇と堤内地での豪雨発生が重なったときに大規模な洪水被害が発生します。特にガンジス河およびブラマプトラ川の最下流部に位 置するバングラデシュでは毎年サイクロンによる洪水被害が発生しています。 
 バングラデシュではモンスーン期には国土の大部分が冠水したような状態となりますが、乾期は一転して河川水位 が下がり、灌漑用の地下水を汲み上げる風景が各地にみられます。乾期には気温の低下とともに大地が乾燥し、雨期と乾期の状態には大きな差異がみられます。また渇水年には灌漑用水の不足に見舞われることもあります。バングラデシュでは平坦な大地を堤防で取り囲み、農耕地として集約的に利用しており、自国内を集水域とする河川では新たな堤防建設により従来の流出パターンが変わることもあります。

4.熱帯性サバンナ地域の流出特性
 ケニアおよびタンザニアを含む赤道付近のアフリカ東海岸地域の気候は、他の赤道直下の熱帯雨林地域と異なり、熱帯性サバンナ地域特有の気候条件下にあります。一般 にこの地域では雨期が1年に4〜5月、10〜11月の期間にわたって2回起こります。標高3000m級の山脈を有する流域ではその山岳地帯周辺で年間2000〜3000mmの降雨があり、森林地帯ならびに流域内の主要な水源を構成していますが、標高が低くなると年間降雨量 も小さくなります。一般に海岸沿いの平野部では年間降雨量が1000mm以下と少なく、乾期には大地が乾燥する草原地帯が広がっています。ただしこれら下流域では毎年雨期間に数カ月間にわたる洪水氾濫を繰り返しています。
 集水面積約10万km2を有するケニア最大の河川であるタナ川の上流域では、年間の蒸発散量 は約1000〜1200mmに達しており、上記のインドネシアの標準値の範囲内にあります。一方、下流域では年間降雨量 が蒸発散量を大幅に下回る500mmまたはそれ以下しかなく、乾期は非常に乾燥した状態となります。タナ川の下流区間で観測される年間流出量 に関して興味深い点は、下流にいけばいくほど年間流出量が小さくなることです。この原因としては、下流河川区間の流路が網状に枝分かれしているため既存の水位 観測所で真の河川総流量が計測されていないこと、長期にわたる洪水氾濫時の蒸発量 が大きいこと、地下浸透層を通じての相当大きな漏水量があることなど、さまざまな要因が考えられます。
 その他の熱帯性サバンナ地域の流出特性としてあげられる点は、年間流出量 が年ごとに大きく変動することです。豊水年の年間流出量が渇水年の2.5倍を超えている流域もみられます。

【参考文献】
1)アジアの気候,古今書院,
2)Republic of Indonesia, Perusahaaan Umum Listrik Negara:Final Report for Hydro Power Potent als Study, vol V Appendix, October 1983.
3)Republic of Kenya, Ministry of Water Development:The Study on the National Water Master Plan, Sectoral Report(B):Hydrology, Japan International Cooperation Agency, Tokyo, July 1992.
4)The United Republic of Tanzania:Study on Water Resources Development in the Ruvu River Basin, vol V:Supporting Report, Japan International Cooperation Agency, Tokyo, June 1994.

(片山 俊夫)

表1

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