5.12 井戸の計画と維持管理


Q227
井戸案件の計画において社会調査が不可欠なのはどのようなケースですか





  Key words:井戸、井戸開発計画、社会調査、社会分析、社会配慮

1.社会調査の必要性
 通常、飲料水供給事業は市町村の公共団体や公営企業により実施され、これら機関で技術調査および社会調査を行ったうえで、必要な井戸開発計画が策定されています。一方、公共団体や公営企業によって給水する見込みのない農村部や都市近郊においては、その生活様式が多様で特殊であるにもかかわらず、井戸開発計画策定時に社会調査が行われていないか、あまり考慮されていないのが現状のようです。
 社会調査は地域社会の現状をより把握するために社会環境や地域住民に対して行われるものであり、わが国の開発調査、無償資金協力調査などにおいても社会調査の必要性が重視されてきています。社会調査が不足した場合、計画内容が対象となる地域の社会環境に適合していないものとなることが危惧されており、地域住民の真のニーズが把握できなかったり、住民参加によって得られる計画の実現可能性や施設の維持管理の持続性が失われることとなります。
 井戸開発計画を策定する際に、社会調査が不可欠なケースおよびその場合に必要とされる調査を以下に示します。
(1)調査対象地域の社会状況が完全に把握できていない場合
 特に対象となる住民の特定が明らかでない場合に、人口、家族構成、生活様式、集落形態について調査を実施します。
(2)対象地域社会の多様性について把握することが必要とされる場合
 被益住民が均質でなく、富、社会的影響力、人種、職業、教育水準、家族制度、社会的流動性などの調査を行い、プロジェクトの効果 が地元民に公平に配分されるように調査を実施します。
(3)施設の運営維持管理上、住民参加が望ましいと考えられる場合
 住民のニーズ、住民参加の可能性およびその他の条件を明確にするための調査を実施します。
(4)住民の積極参加を必要とする場合
 持続可能なプロジェクトにするためには地元民の経験と慣行を考慮に入れることが必要であり、地元住民の価値観、慣習、信条、ニーズなどについて調査する必要があります。 (5)プロジェクト実施にあたり社会的リスク発生の可能性がある場合
 土地収用、水利用の権利関係などについて把握しておく必要があり、地域社会制度や社会関係について調査する必要があります。
(6)社会的影響が考えられる場合
 建設予定地(井戸、配水池、給配水管)の違法占拠と移住者の移転問題などの社会配慮が必要である場合、これらを具体的に分析し明確にするために調査が必要となります。

2.社会調査実施プロジェクトの事例
(1)わが国のプロジェクトで社会調査を実施し、社会分析を行ったものの事例分析
 案件名:ルワンダ「東部生活用水開発計画」
 分 野:村落給水
 1)社会分析の内容
 既存資料をもとに人口、労働・雇用、土地利用、教育・保健衛生の状況などの調査・分析を行い、家族形態、生産活動、所得、水源の状況および水利用などに関しては、アンケート調査を実施しました。特に水源の状況および水利用などに関しては広範囲で長期間に及ぶ住民からのヒアリングおよびアンケートによって、水源地の把握や乾期における水利用の現状を調査しました。さらに、権力構造、部族関係、所得格差、経済・生産活動に関する問題など、地域社会の現状をより詳細に把握しました。
 2)社会配慮と計画作成
 地域住民へのできる限り公平な便益の分配を配慮するため、可能な限り1コミュニティ内に1カ所の井戸を設置し、利用者の歩行距離が片道最大1〜2kmで収まるように給水計画を作成しました。また、水汲みの担い手(女性、子供)や衛生面 についての考慮を反映させて施設設計を行いました。対象受益者の所得がきわめて低いため、維持管理コストの軽減について配慮しました。さらに、既存の県レベルの行政組織を活用して維持管理の組織づくりを提言しました。
 3)改善点
 衛生状況および衛生に関する情報供給状況といった公衆衛生面の社会分析を行い、保健教育の促進によって公衆衛生の重要性および衛生的な生活用水の大切さに関する予備知識をもたせることが第一義的に必要となります。さらに、地域住民が衛生的な水の重要性を認識することは、生活給水開発計画に彼らの積極的な参加を導くこととなるため、プロジェクト実施のための不可欠な条件となります。
 計画対象地域のほぼ90%の人口が農業に従事しており、その多くが家畜を有しています。家畜が水源を汚染するなど水質衛生面 への配慮のみならず、特に乾期に家畜の水需要によって引き起こされる水不足の社会的影響にも配慮する必要があります。
 生活用水使用料金の設定に際して、既存の統計資料から得た「平均的な家計収入」を基準としていますが、家計調査の対象であった現金収入によって生計を立てているものと、牧畜農業によりほぼ自給自足に近い生活を送っている対象人口との階層性について配慮する必要があります。
 県庁の給水施設管理係が修理部品を一括して管理しても、日常の保守点検を行うコミュニティごとの井戸管理人の修理技術が不十分であったり、ガソリンの不足などによって県庁の給水施設管理係へのアクセスができない場合もあります。また、特に乾期には水不足とあいまって、井戸管理人による給水施設利用に対する独占意識が高まる危険性があります。したがって、コミュニティごとの井戸管理人の責任の明確化やトレーニング体制の充実化に対する提言を行う必要があります。
(2)米国国際開発庁(United States Agency for International Development:USAID)が実施した社会分析の事例分析
 案件名:マリ「マナンタリ・ダム」
 分 野:水資源開発
 マナンタリ・ダムは、375000haを灌漑し、内陸国であるマリに海への航路を提供し、年間800ギガワット時の電力を生み出すことを目的に建設されましたが、同時にマリ西部に住む約1万人に上る人々の村と耕地を水没させ、彼らを人口の少ない下流域に移転させるものでした。
 USAIDのプロジェクトは、移住先における生活の安定化、移住によるネガティブな影響の最小化、移住前に健全に機能していたコミュニティの機能の維持などを目的とし、そのためにプロジェクトの初期段階に人類学者、社会学者を参加させて社会分析を行い、移住前の村の生産体系、権力関係、労働分配のあり方などを調査しました。社会分析の結果 、移転計画において、@住民の便益に格差が発生しないよう、移住先における土地の分配を、村の権力者たちで決めるのではなく、公平なくじ引きで決定する、Aモニタリングユニットの設置〔USAIDより、村に常駐者を1人おき、かつ移住省の末端行政組織より連絡調整員(アニメーター)を任命して村に住み込ませる〕により、地域住民の声を聞くチャンネルを設け、住民と政府をつなぐ役目を担わせる、といった社会配慮が盛り込まれることになりました。Aにあげたモニタリングユニットの設置による社会配慮のおかげで、地域住民の声がプロジェクトの計画策定に反映されるようになりました。
 この住民移転計画においては、ダム建設およびそれに伴い必要な移住に関する情報をできる限り早い段階で地域住民に提供し、将来自分たちの生活がどう変化するのかを地域住民と協議することによって、住民自身が自分たちの未来に対する意思決定に参加することを促進していることが特徴です。

【参考文献】
1)開発調査事業における社会分析ガイドライン策定研究(プロジェクト研究)最終報告書,国際協力事業団,平成4年9月.

(井川 雅幸)

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