5.12 井戸の計画と維持管理


Q228
井戸案件の計画において、社会調査を実施する際の手法を説明してください





  Key words:井戸、社会調査、社会分析

 社会調査とは、プロジェクトの計画内容に対象地域住民の意見を十分に反映し、社会環境に適合するようなプロジェクトを検討すること、さらにその計画内容を改善する方法を見い出すことを目的として実施される「社会分析」を行うための一手法として位 置づけられます。
 そこで、プロジェクトの流れに沿って社会分析の方法論を簡単に述べるとともに、社会調査がどの時点で実施されるかを示します(図1)。
 社会調査は、図1のとおりプロジェクトの選定・評価段階で活用されます。社会調査は基本的に調査者が実施することとなりますが、日本人のみによる調査は調査対象地域住民の言語問題(部族語など)、生活様式、慣習の違いから正確な調査結果 が得られない可能性が生じます。よって現地の人や現地で長期間生活、研究などを行った経験のある第三国の人員、現地コンサルタントの活用を大いに行うべきと思われます。また、実施機関についても彼ら自身で開発計画を立案する際に住民の意向を理解しておくことは必要なことであり、調査者として参画することが望ましいと考えられます。
 以下に、具体的な社会調査手法および調査項目を紹介します。なお、社会分析については参考文献1)を参照していただくこととしてここでは記述しません。

1.社会調査の手法
(1)既存資料の調査・分析
 文献、地図、統計などを対象とします。さらに調査対象国と地域、地域社会、地域住民についてその歴史、生活文化、環境形態について、基本的な文献をレビューする必要があります。できるだけ早期の段階でこれらの既存資料を分析し、地域の社会的弱者および社会問題について知識を深めておくことが有益です。
(2)面接調査
 1)自由面接法
 無作為に選んだ個人の被調査者を対象とします。プロジェクトの発掘・形成段階で行い、これにより地域住民の開発へのニーズを把握することが可能となります。
 2)指示的面接法
 面接を行い、調査票に沿って質問をしながらその回答を調査者自身が質問票に埋めていきます。実施に際して調査対象地域の人口構成を反映させた割合で、富裕層/貧困層、男性/女性、遠隔地在住者/近隣地在住者、老年層/若年層などの被調査者に質問することが必要です。
 3)キー・インフォーマント(地域事情に詳しい情報提供者)へのインタビュー
 地域社会の専門的な問題について専門家に質問します。その他コミュニティの長老的存在の人にインタビューすることにより、地域社会の詳細な歴史、社会構造、土地利用についての情報を得ることが可能です。
 4)グループインタビュー
 グループ内のインフォーマルな権力構造やコミュニティにおける問題認識のあり方を示唆するので、個人的に行う面 接調査では得られない内容を明らかにすることが可能です。
(3)アンケート調査
 質問票を配布して被調査者に記入してもらいます。指示的面接法の場合と同様にサンプリングに関する注意が必要となります。その他、被調査者が質問票を目にしても驚かない程度の識字教育レベルをもつ者であること、および大きい対象地域や母集団からサンプルを抽出することなどがアンケート調査の前提条件です。さらに、非識字者はアンケート調査の対象から落ちてしまう危険性があるため彼らに対しては面 接調査を実施すべきことに注意しなければなりません。
(4)グループディスカッション
 個人的に質問されることを好まない地域住民がいる場合や、集団で討議することによって地域の問題に対する意識が活性化される場合に有効です。異なった立場の人に相互に発言してもらうことによって地域住民の互いの認識を高めることが可能となり、結果 的に社会調査者がその地域の理解を深めることができます。
(5)プロジェクトサイトの観察
 1)コンテントアナリシス
 少数民族のような地域社会の特定グループを調査対象とする場合に有効です。地域社会の特定グループの日常会話記録や彼ら自身による行動記録を分析することから彼らの社会的価値や規範を理解することが期待されます。
 2)参与観察法
 特定地域やコミュニティを調査する方法で、地域社会の一員として調査員が地域住民と生活体験を共有することによる、調査対象の地域と住民へ接近を図るものです。したがってこの参与観察法を実施するには長期の調査期間を必要とします。しかし調査員と生活形態・思考様式を著しく異にし、外部からの表面 的な観察だけでは容易にうかがい知ることのできない社会的価値などを把握するために特に効果 を発揮します。
 3)対象地域の地図活用
 土地や水などの自然資源の活用状況や土地利用状況を把握したり、コミュニティの住民集団をサブグループに分け、その分布状況を確認するために有効です。また受益地域を観察しながら資源の利用やコミュニティの特徴などのテーマごとに地図を作成すれば社会調査のアウトプットとすることもできます。
 4)現地語によるコミュニケーション
 地域住民自身が地域の現状をどのように認識しているかを把握することも重要な調査です。現地語での会話を通 して彼らの言葉によって彼らの認識を探ることが効果的です。
(6)調査団内での情報交換
 調査団における技術系専門家と社会科学系専門家はできる限り頻繁に各自の踏査やインタビューから得た情報を交換することが望ましく、それにより地域に関する認識を共有することができ、団員各自がより全体的な視点から判断することが可能になります。さらに調査団員のなかに男女両方のメンバーが存在し両者の視点による情報の交換ができれば、対象人口の男女間の社会・経済的役割の違いやニーズの違いについてより適切な現状把握が可能になります。

2.調査項目
(1)開発目的
 地下水開発の目的を明確化する(地域社会のニーズ、社会的弱者のbasic human needsの向上、地域経済の成長など)。
(2)受益者の確認
 1)生活給水に対する住民(男性/女性)のニーズを確認
   @住民の衛生状況の把握
   A取水労働の担い手と取水方法
 2)受益地域の給水需要把握に伴う住民人口の構成分布、集落形態、生産活動および水源の確認
   @民族・部族構成および分布
   A家畜の数、家畜による水需要の状況
(3)実施可能性の向上
 1)担当省庁の計画立案、実施、調整、管理運営能力
   @行政担当部所と伝統的権力者の協調の度合い
   ANGOとの協力の可能性
 2)施設建設地の土地利用者、土地所有者の確認(土地利用、土地所有に関する法制度)
 3)歴史文化財の分布状況
 4)建設関連企業/業者の能力
   @技術面における人的資源(量、質)
   Aアクセス可能な建設機材
   B建設機材の調達に要する時間
 5)社会階層/グループの確認およびその分布状況
   @社会階層/グループごとの生産活動
   A所得格差、社会階層間格差の度合い
(4)便宜実現の可能性の向上
 1)住民の健康/衛生状態、飲料水の衛生状況、衛生的な水へのアクセス状況
 2)コミュニティの分布状況、給水需要量〔共同社会施設(学校、病院など)の分布〕
 3)取水労働の担い手、給水に関する女性の役割
 4)地元の地場技術/資機材の把握
 5)地域における労働力の特性、雇用ニーズの把握
   @季節的労働パターン(農繁期と労働サイクルの関係、季節的労働力移動)
   A女性、少数民族、低所得者層の建設労働への参加可能性
 6)共同労働の制度・組織、労働組織にかかわる村落社会の権力構造
(5)便宜分配の公平性
 1)取水労働の担い手、水源までの距離
 2)女性、少数民族、低所得者層の給水施設へのアクセス(地域社会の権力構造、社会階層間の権力格差)
 3)労働に関する男女の社会的役割、女性の社会的地位
(6)社会的不利益の最小化
 従来の水源へのアクセスに関する地域社会の権力構造、民族・部族間の対立
(7)持続可能性の向上
 1)保健衛生教育の状況、衛生に関する情報普及状況
 2)衛生的な水に対する認識程度
 3)地方政府の給水管理施設へのアクセス〔道路網の整備状況、交通手段利用の難易(自動車の利用状況など)〕
 4)対象受益者の所得(現金収入)、特に水供給のための消費性向上、給水使用量 支払いに対する意思
 5)地元で調達可能な技術/資機材
 6)伝統的な地元社会の住民組織/水利用組合の役割

【参考文献】
1)開発事業における社会分析ガイドライン策定研究(プロジェクト研究)最終報告書,国際協力事業団,平成4年9月.
2)A Manual for Socio―Economic and Gender Analysis. Clark University,1995.

(川崎 美穂)

図1

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