5.12 井戸の計画と維持管理


Q229
井戸を維持管理するために望ましい体制を示し、そのために計画・設計時に考慮すべきことを説明してください





  Key words:井戸、被益住民参加型維持管理

1.井戸の維持管理
 井戸を水源とする水道施設の維持管理は、政府および地方自治体により運営される比較的規模の大きなものと、村落および部落単位 で運営される小さなものとに区別することができます。
 前者では各国の政治、経済などの状況により違いはあるものの、維持管理する事業体が組織され公的資金の援助(もちろん独立採算で運営されている事業体もある)により運営されており、体制も確立しています。一方、村落および部落などを対象とした比較的小規模な水源では、運営上の組織、維持管理体制が確立されておらず、こうした地域ではまず組織、体制の確立が必要となります。ここでの望ましい体制の基本は、まずそこに住む人々だけで運営、維持管理ができるものでなければならないということです。
 ここで住民自身が運営・維持管理を行うため組織、体制をつくり上げるために調査、計画設計時に考慮すべきことを説明します。
(1)事前調査
 給水施設を建設するだけの給水システムプロジェクトとしてではなく、具体的な受益者層の衛生レベルを向上することを目的とすることにより、実行可能な料金システムや維持管理システムのデザインまでをも含んだ開発計画調査のTOR(terms of reference)を作成すべきです。それによって、調査対象地域における民族・部族構成分布、および性別 分布をも含んだ人口学的特徴および生産活動や社会階層や衛生状況の概要などを把握することができます。地域住民の衛生面 に対する一般的な意識やニーズをできるだけ早期に把握し、最大限に反映できるように開発計画作成プロセスにおいて、地域住民の意見や意識を活性化するための組織づくりを社会分析要員のTORとして盛り込むことが重要です。
(2)開発調査
 生活用水の重要性を住民に対して意識化させることに努め、給水計画とその実施に伴う料金徴収システムの設定を実施します。このため住民の生活状況や現金収入の現状を認識するために、できるだけ数多くのサンプルを収集すべく現地踏査をすることが望ましいと思われます。施設建設における資機材調達に関しては、技術的な配慮がされる必要があることは当然のことですが、施設の維持管理体制の自立性についての観点から、適正な技術に基づいてなおかつ資機材供給が計画対象地域内または国内で可能であるかどうかを十分検討する必要があります。また、地域住民が建設工事のための労働力を提供する場合、労働者の社会階層的バックグラウンドを加味することによって、建設賃金が及ぼす社会効果 のより公平な便益性および建設労働者の効果的な組織化に対して社会配慮がなされるような建設計画への提言が行われるべきです。
 生活用水供給計画のもたらす便益として、直接的な生活用水へのアクセスの改善のみならず、住民の移住地から飲料水の水源までの距離を短縮することによって、慣習的に水汲みを行ってきた女性・子供の収水労力を著しく軽減し、その余剰時間を農作業などの有用な経済活動に活用できるという社会評価を行う場合が一般 的です。さらに、地域住民が生活用水使用料を納める代わりに、維持管理のための労働力提供を義務づけることもできるような体制づくりを提言し、現金収入が限られている社会階層にも生活用水供給計画の便益が及ぶように格差を是正するような配慮を行うべきです。
 また既存の行政組織のみならず、地域住民自身の参加を促すようにコミュニティにおける社会組織を活用しながら、維持管理のための組織づくりや明確な責任分担を行えるように開発計画の策定段階で提言をすべきです。さらに、この維持管理のための組織に男性のみならず、女性も参加できるような配慮を検討すべきだと思われます。

2.維持管理体制(被益住民参加型維持管理)がよい事例
 プロジェクト名:ホンジュラス「テグシガルパ市周辺地域給水計画」
 担当機関:SANAA(ホンジュラス上下水道公社)、UEBM(テグシガルパ市周辺地区給水計画実施ユニット)
 協力国際機関など:IRC(International Reference Center for Water Supply and Sanitation:国際水道・衛生資料センター)、UNICEF(国連児童基金)
(1)プロジェクトの背景
 首都のテグシガルパ市は標高1000mの高原に位置し、周囲を約1500m級の山々に囲まれ、年平均降水量 は約800mmと少なく、恒常的な水不足の問題を抱えています。加えて1987年、1988年の旱魃により生活の基盤を失った小規模零細農民が首都へ流入し、人口は、1980年の45万人から1991年には63万人へと大幅に増加しています。これらの人々は、同市を囲む山々の斜面 への居住を余儀なくされていますが、同地区への給水サービスについては、水供給施設もなく、飲料水にも事欠く現況です。そのため、民間から高価で、時には不衛生な飲料水を購入せざるをえず、このことは住民の家計を圧迫し、さらには水系伝染病が多数発生し、衛生環境も悪化しています。
 ホンジュラス政府は国際援助機関、UNICEFなどの援助により同市の水道事業を管理する上下水道公社を実施機関とするこれら市周辺地区の水道整備事業を計画しました。すでに一部地域において給水施設などを建設しているものの、計画は資金不足から思うように進展せず、最も貧しい地区の住民(約10万人)を対象に本計画の実施について日本に無償資金協力の要請を行ったものです。
(2)プロジェクトの経緯
 1)1980年ころから旱魃で苦しむ地方の村民がテグシガルパ市の郊外に流入、不法滞在者が20〜30万人に膨れ上がり、衛生状況が悪化、水系疾患の増加やコレラが発生した。
 2)1987年にUEBM/SANAAテグシガルパ市周辺地域給水計画プログラムが策定され、UNICEFの援助で実施が行われた。
 3)1992年にUEBM/SANAAおよびUNICEFによって過去6年間の経験を整理、分析し、これまでに得られた成果 を評価するなど、住民参加型プロセスを指導し、助言するためにIRCが招かれた。
 4)1994年にUEBM/SANAAは本件について日本政府に無償資金協力の要請。
 5)1995年に井戸および送配水施設建設と資機材の供与。
(3)プロジェクトの目的
 テグシガルパ市周辺地区の住民に衛生的な飲料水の供給を行い、またコミュニティおよび各世帯の活発な参加を促進することを目的としています。
(4)地域住民参加促進
 SANAAはUNICEFと協力して、この周辺地区住民に対して飲料水の給水システムを計画するにあたり技術的協力のみで、コミュニティ(住民)の積極的な参加を要請し、資材の購入、労働力の提供、運営維持管理とそのための組織づくりなどを義務づけました。
 主な義務事項は次のとおりです。
 1)水道委員会の設置を引き受けること。
 2)給水事業計画を要請すること。
 3)土地が合法化ずみであること。
 4)労働力および地区の物資を提供する意思と用意があること。
 5)料金を支払う意思と用意があること。 
 6)非熟練労働者および建設資材を提供して、建設に参加すること。
 7)運営委員会を通じて運営、運転操作および維持管理に参加すること。運営委員会の活動は計画の実施段階から始まる。
 8)投資費用、事業経過および維持管理費用に対するコミュニティの参加。
 9)「水と衛生の教育」についての教育的座談会、清掃キャンペーン、広報誌配布などの活動を実施するためのプロモーター、水道委員会、支援グループおよび社会事業を専攻している大学生たちが共同で計画立案を行う。
 10)建設工事そのものはUEBM/SANAAとコミュニティが責任を負っている。
 11)水道システムが完成したのち技術的および財政的な事柄はUEBM/SANAAとコミュニティの責任事項となる。
(5)水委員会
 この地区のコミュニティは行政、水道、道路などにおいてそれぞれ組織化されており、コミュニティ内には水道に関して水委員会が設立されています。水委員会のメンバーは住民の推薦、選挙などによって選出され、その活動は給水事業計画の策定から施工および施工管理、施設の運転維持管理までをSANAAの技術協力を得て自らの手で行うものです。委員会はまず給水施設建設の必要性と住民の総意をSANAAに報告し、施設の建設の要請を行うことから始めるわけですが、準備段階から施設の管理までそのほとんどは無報酬での奉仕活動となっています。委員会はSANAAに対し給水事業計画の要請を提出し、SANAAの施設設計と施工技術の協力を得たうえで労働力と建設資材を提供し、施設建設を行いその後の運転維持管理も自らの手で行っています。
〈水委員会の主な活動〉
 1)共有地に水委員会の事務所を建設する〔事務所は2名用の机と資材(主にスペアパーツ類)の保管庫からなる〕。
 2)事務員は共用栓などの維持管理と料金徴収を行い、故障の連絡、補修依頼をSANAAに対して行うとともに水道料金をSANAAに支払う。
 3)住民からの料金徴収よりSANAAの水道代を差し引いたものが水委員会の費用となり、設備、事務所の維持管理費、事務員の給与、補修代やスペアパーツ購入費などをまかなっている。
 4)水道料金の支払えない家族にはコミュニティが援助したり補修などのときに労働力を提供することでカバーされてはいるものの、設備の運転の燃料費、事務所などの光熱費、補修費などが優先的に支払われており、事務員はボランティアに依存している。
(6)結 論
 計画から建設、その後の維持管理までほとんど住民主導で行われているため、設備そのものが自分たちのものという意識が強く、機器も大切に取り扱われており、望ましい維持管理が行われています。

【参考文献】
1)開発調査事業における社会分析ガイドライン策定研究(プロジェクト研究)最終報告書,国際協力事業団,平成4年9月.

(井川 雅幸)

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