1.1 水道分野の国際協力の動向と課題


Q3
わが国の水道分野の援助は、どのようなストラテジーで展開すべきですか





 Key words:水と衛生の協議会(WSSCC)、専門家派遣事業、研修事業、開発調査、資金協力事業、AFRICA 2000計画

 世界では今でも何百万人もの子供が消化器系感染症で命を失い、何億もの人々が水を求めて毎日何時間も貴重な時間を費やしています。水道・環境衛生施設は、単に疾病を予防するばかりでなく、地域社会の発展のために不可欠なものです。水汲みに費やしている時間を、勉学に振り向けたり、農業活動に振り向けることによって得られる便益は測りしれません。しかし、絶えず認識しておかなければならないのは、水道・環境衛生施設が疾病の媒体としてはならないということです。
 安心して飲める水、利水上障害が発生しない水が常時、必要量供給されなければ、水道以外の代替水利施設を用いるようになり、水道施設の便益が認識されなくなります。その結果 として便益の対価としての水道使用料が期待できなくなり、施設の更新のためのコストばかりでなく日常の運転管理のための費用さえまかなえなくなり、水道としての機能がさらに低下するという悪循環の一途をたどり、まさに持続的な発展などまったく期待できないことになります。そして、水道施設を整備するために投じられた資本や運転管理に従事する人的資源を浪費し、地域社会にとって負の資産を抱えることになります。水道分野の国際協力や援助はこのようなことが生じないように、支援することに他なりません。
 開発途上国の水道に関する援助や協力は、工業先進国や国際機関さらにはNGOなど多くの国や組織が実施しています。開発途上国における安全で良質な水道水の供給は「アジェンダ21」で取り上げられているようにまさに世界共通 の課題であり、わが国が独自の政策で開発途上国への協力や支援を進めて、その目的を達成できるというものではないし、世界共通 の人的・財政的な資源を効率的に活用することが最も重要なことです。このようなことから、国連機関、国際援助機関、政府援助機関、被援助国、国際水道協会あるいは国際水質協会のような専門家で構成される国際学会やNGOが自主的に参加して組織化されている「水と衛生の協議会(Water Supply and Sanitation Collaborative Council:WSS CC)」の活動により積極的に参加していくことが必要です。その活動とは、水道・環境衛生分野の事業の推進のための戦略開発やそれに必要なソフト開発事業であり、まさに、世界の水道分野の人々がいかにして水道を普及していくかというミッションに支えられた組織にかかわることが重要です。
 わが国はこれまでも個々の国あるいは地域単位での社会開発のための援助国会議に参加をし、援助の進め方について指導的な立場を果 たしてきてはいますが、残念ながら水道分野のいわばセクター会議の開催や会議を主導してきたことはほとんどありませんでした。国連機関や多くの援助国の援助機関には水道分野の組織があり、それらの組織が集まってセクター会議を開催し、合理的で効率的な水道整備事業計画と援助計画を立ててきているので、このような機会に参画することも強く求められています。
 「国連飲料水供給と衛生の10カ年計画」に基づいて開発途上国では水道施設が整備されてきましたが、その整備された施設が水道利用者に受け入れられなく、維持管理が適正でないため、放置されているものも少なくないとされています。そのようなことから、その理由と改善方策を明らかにすることも先に記したWSSCCで行われています。わが国の水道分野の技術協力事業は1960年後半から始まり、すでに30年の経験を有していますが、WSSCCでの議論を参考にしながら、すなわち、世界銀行などの国際機関あるいはわが国以外の政府援助機関が関与した水道・環境衛生施設と比較して、わが国のそれらの建設費や維持管理費、維持管理に要する技術水準、施設管理にかかわる組織の自立・持続性への貢献度などについて総括を行い、新しい戦略を立てるべきであります。その際に、政府による技術協力についての課題を考えてみたいと思います。
 技術協力事業のうち、専門家派遣事業についてはその派遣数は着実に増加してきています。水道施設整備にかかわる資金的な制約条件があり、さらに開発途上国の自助努力が求められるようになってきている状況を考えますと、水道事業の持続性を高めるために必要な知的資源の開発と育成を図るためには専門家派遣事業はさらに増加し、増加させるべきでありましょう。しかし、専門家として適正な人材が十分であるとは必ずしもいえません。欧米工業先進国では開発途上国の水道・環境衛生分野の専門家として、いわば専従のような形態でそのプロフェッショナリティを発揮している技術者や民間の技術者が政府派遣の専門家として活躍していることも多いようです。残念ながらわが国ではこのような専門家の育成は遅れており、さらには他の分野では民間の技術者が専門家として派遣されていながら、水道分野では派遣されたことは非常にまれでした。
 わが国では水道事業は地方自治体の事業として、しかも専門家集団をもって直営ですべての業務を行ってきた長い歴史があるため、関連する民間の技術者は請負業務を行うものとみられてきました。そのため、専門家派遣であっても国や地方自治体の専門家がまず対象となってきたものと考えられます。しかし、欧米先進国の水道事業の民営化の流れは開発途上国にまで及び、特に施設整備のための資金調達には民間資本の導入が必至となってきています。そのため、その事業の運営に必要な専門家として開発経済や組織管理技術が求められ、わが国以外の援助機関の専門家と協調して活動するには、従来のような水道事業体の専門家のみでは十分でなくなってきています。このようなことから、開発途上国の水道事業の専門家として活躍する、活躍できる技術者の養成を国レベルあるいは大学レベルでも積極的に図る必要があると考えます。また、同時に(社)日本水道協会が実施している水道分野のシルバーボランティア登録制度のような活動を含めて今後の専門家派遣のあり方を考えなければなりません。
 研修事業についても(社)日本水道協会が運営している集団研修コースに加えて、札幌市水道局が運営にあたる水道技術者養成コース、寒冷地水道技術者養成コース、大阪市水道局が運営にあたる都市上水道維持管理コースのほか、国別 特設コースが開催されるなど集団研修コースの数も多くなってきています。しかし、開発途上国の水道・環境衛生分野の技術者養成のニーズは非常に高く、さらに多くの集団研修コースの開設を図っていかなければならないと思います。その際には、漏水防止、電気・機械、経営管理、小規模水道などより焦点を絞ることが必要です。なお、政府が実施している研修コースのほか、横浜市水道局のように水道事業体独自で研修事業が行われているケースもあります。また個別 研修事業や、タイやインドネシアで実施してきているプロジェクト方式技術協力事業あるいは第三国研修も研修事業として位 置づけられています。
 研修事業についても、専門家派遣事業とともに長い経験を有し、研修生のなかからはタイ首都圏水道のチョンピット総裁のように開発途上国の水道事業の要職で活躍している人材も輩出しています。しかし、研修事業に関しても検討すべき課題があります。一つは、プロジェクト方式技術協力事業で開発された教材や知的財産が、適正に活用されていないことです。プロジェクト方式技術協力事業は、それぞれの対象国の水道をめぐる諸条件を考慮して実施するものであり、開発された教材などが直ちに他の国に活用できるというものではありません。それでも、開発のプロセスで得た知見や基本的な技術は共通 のものであり、少なくともさまざまなかたちで実施されている研修事業に参考とされるべきです。また、WSSCCでも援助機関の負担で水道分野の教材などの開発事業が行われていますが、そのような場で活用されたり、他の援助機関が開発した教材を積極的に活用して、世界の水道分野で利用される教材の適正さをより高めるような国際的な視野のもとでの事業が展開されるべきです。さらには、個々の研修事業の目的をより明確にすることにあります。たとえば日本の水道をつぶさに見たり、水道事業体でのOJT(on the job training)を通して水道を知ることにあるのか、何をどの水準で習得させようとしているのかが必ずしも明確であったとはいえません。また、研修事業についても国際的な視野での総括が必要であることはいうまでもありません。
 開発調査は水道施設整備計画などを策定するために行うものであり、その成果は無償あるいは有償資金協力事業に活用されることを意図しています。すなわち、開発調査により資金の運用計画や経営管理のための組織などを考慮した適正な事業の枠組みが明らかにされるものです。開発調査の成果 が資金協力事業を実施する際に活用されている例が多いので、開発調査自体が有効に活用されていると考えられます。しかし、わが国の無償資金協力によって整備された施設は、他の援助機関や開発途上国によって整備された施設に比べて、施設単価が高いとか地域の実情にそぐわない技術が整備されているというような批判があります。あるいは、開発調査の結果 がわが国の資金協力事業ばかりでなく、他の援助機関の資金協力事業にも活用されなくて、調査が実施されただけにとどまっていることもあります。
 開発調査の結果がすべて施設の整備に直結しないものであることは、単にわが国の開発調査ばかりでなく、他の援助国でのそれでもあることではあります。しかし、いずれにしろそれは世界的にみたときには資源の浪費であり、そのようなことが少なくなるように、世界的な枠組みのなかで総括と新しい戦略を立てる必要があります。これは、開発途上国の水道施設の整備を公的な資金のみで進めることは困難であり、民間資金の導入が必要であり、それに伴い開発調査の質をますます高めるようにしなければならないこととつながっています。
 資金協力事業は、各種の技術協力事業に比べてODAに占める割合が高く、無償資金協力では約18%、有償資金協力では約9%を占めるようになっています。欧米工業先進国の経済情勢と東欧諸国の社会基盤整備への関心が高く、旧東欧諸国への資金協力事業への展開が停滞しており、それ以外の地域でのわが国の、特に水道を含めた基礎生活分野(basic human needs)への資金協力の実績と期待が高まっています。無償資金協力事業の案件が多いアフリカ・中近東諸国の多くが後発開発途上国(least developed countries)で あるため有償資金協力の対象とならないか、対象となったとしてもその債務返還が困難であるため、無償資金協力によって水道・環境衛生施設の整備を図る意志が強いためであると考えます。これは、無償資金協力の対象として地方水道の整備案件が多いことからも裏付けられるでしょう。  しかし、無償資金協力で整備された施設が、持続性があるよう維持管理されているかどうか、すなわち地域の人々によって維持管理に必要なコストが支弁されるようなものであるかどうか、評価する必要があるのではないかともいわれています。無償資金協力であったとしても個々の事業の妥当性が検証される必要があります。欧米工業先進国の協力で整備された施設であっても適正さが低かったり、維持管理が不十分となったため、施設の機能が計画どおり発揮されなくリハビリテーションが必要であるものが多くみられます。これは、無償資金協力事業でリハビリテーション事業が多くなってきていることと一致しています。リハビリテーション事業をどのような考え方で行うか、リハビリテーションでの適正技術の開発が強く求められます。
 技術協力事業にしろ、資金協力事業にしても、国際的な視野でわが国以外の援助機関や国連機関との連携を強める必要が従来にも増して増えています。アフリカ諸国の水道・環境衛生施設の整備のためのAFRICA2000計画の例をみるまでもなく、国際的な協調がより強く求められるのであり、そのための組織と人材の育成が不可欠であると思います。

(眞柄 泰基)

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