1.1 水道分野の国際協力の動向と課題


Q4
水道分野の援助を計画、実施するにあたり、わが国の「水道理念」と途上国の「水道観」とのギャップをどう整理したらよいですか





  Key words:水道理念、水道観、basic human needs、drinkable water、clean water

 まず、わが国の「水道理念」と途上国の「水道観」について考えてみましょう。
1.わが国の「水道理念」
 わが国の「水道理念」といえば、最初に思い当たるのは、水道法第一条にもうたわれている「清浄」「豊富」「低廉」という3つの基本的な概念です。これらの是非については、今日の社会的な背景をふまえてさまざまな議論があるところですが、水道水の供給がbasic human needs(基礎生活分野)を満たすために必須であるという前提に立つ限りにおいては、国や時代を超えていずれも正しいといえるでしょう。特にわが国においては、現行の水道法が1957年(昭和32年)に施行されて以来、水道の普及が急速に進みました。この間に、前記のような「水道理念」が水道整備の推進力として果 たした役割には、きわめて大きいものがあります。そしてさらに、わが国における水道発展の歴史を振り返るときに忘れてならないのは、塩素消毒の徹底を図ることにより飲用可能な水を供給することが、水道の使命であると考えられてきたことです。このことは、今日におけるわが国の水道を特徴づける重要な要因となっています。
2.途上国の「水道観
 これに対して、途上国の「水道観」とはどのようなものでしょうか。途上国の「水道観」はわが国の「水道理念」と基本的には同じですが、あえていえば、わが国の場合のように明確な理念をもちえないところが根本的な違いでしょう。  途上国と一言でいっても、実際には水道の普及率がかなり高い国から非常に低い国まで千差万別 です。水道がbasic human needsを満たすための社会基盤施設として重要であることは、途上国でも何ら変わりはありません。しかし、大半の途上国は水道普及率が低く、水道整備が遅々として進んでいないのが実情です。いうまでもなく、これには資金、技術力、人材などが十分でないことが深くかかわっており、わが国の水道が飛躍的な発展を遂げた時とは状況が明らかに異なっています。拡張が主な仕事であった過去におけるわが国の水道の状況を知らない人は、今の下水道の状況をみれば理解できるでしょう。わが国の下水道整備は急速にしかも着実に進んでおり、今後このような状況がある程度までは続くことを誰も疑うようなことはないと思います。水道も今の下水道と同様に整備が進められてきました。けれども、途上国の水道整備はなかなかこのように進んではいませんし、今後状況が急展開することも容易に期待できません。これが途上国の途上国たるゆえんだといえばそれまでですが、このような面 における違いが、水道に対する基本的な考え方の違いにも大きな影響を及ぼしています。
3.「飲用可能」か否か
 わが国の「水道理念」と途上国の「水道観」との際だった相違は、水道が飲める水(衛生的にみて飲用可能な水)を供給するものであるべきか、あるいはそうでなくても許容しうるかという点にあるでしょう。わが国の水道は、飲める水を供給するというのが大前提です。このようなわが国の水道は先人の努力の賜(たまもの)であり、子孫に誇りとして受け継がれるべき資産といってよいでしょう。しかしながら、途上国ではさまざまな面 における制約から、このような水道の整備を国の施策として取り上げることが、多くの場合現実には不可能です。それよりは、仮に飲めない水であってもある程度良好な水質の水を、限られた資源を有効に活用しながらより多くの人たちに安定的に供給することが、人々が健康で快適な生活を営むうえで大いに助けとなり、また、水を確保するための日々の重労働から人々を解放することにもつながるのです。
 たとえばインドネシアでは、水道水を水質レベルによってdrinkable water(飲用可能な水)とclean water(飲用可能ではないが日常生活に用いるのに差し支えない程度に清浄な水)の2つのカテゴリーに分け、国全体としてはむしろclean waterを供給する水道の整備に力を注いでいます。これまでの経緯はともかくとして、インドネシアでは生水をそのまま飲用に供する習慣がないことも事実です。しかし、最近では首都のジャカルタなどにおいて、drinkable water供給への動きがみられるようになってきています。また、タイでは首都バンコクなどの一部地域において、現実に飲用可能な水道水が供給されるようになってきています。  以上述べてきたことからも理解できるように、わが国の「水道理念」と途上国の「水道観」との間には明らかにギャップがありますが、どちらがより正しいといえるようなものではありません。それよりも、それぞれの国が置かれている社会的な状況を考えれば、いずれもが正しいといえるでしょう。特に途上国の水道整備に関する協力に際しては、わが国の「水道理念」を一方的に押しつけるのではなく、相手国が現実に置かれている状況や歴史的に培われてきた風俗・習慣などにも十分に配慮しながら、それぞれの地域においてどのような水道が求められているかを、相手国の人たちと一緒になって考えることが必要です。

(国包 章一)

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