2.6 人材養成と研修員受入れ


Q54
わが国の水道技術者が、それぞれの職場で技術レベルを向上させてきた手法を、途上国の人材養成と比較しながら説明してください





  Key words:途上国の人材養成、技術移転、自己啓発、職員研修、カウンターパート

1.日本における技術レベルの向上方法
 日本においては学校教育と産業教育が連動していないため、水道事業に限らず企業における職員の人材養成は、主として入社後の社員(職員)教育で培われてきたのが特徴です。その原因は、主として日本の学校教育制度や雇用制度に由来しています。すなわち、学校においては理論的な教育は行われますが、それぞれの業種に特有な専門分野の実務的かつ、より高度な教育は実施されずに、それらは終身雇用制度を前提とする企業の比較的長い雇用期間のなかで計画的に実施されます。また、日本企業の従業員は勤勉であるばかりでなく、比較的教育レベルが高く、かつ平均的であること(高卒および大卒が大半を占める)、人事処遇面 において途上国や欧米先進国のように教育レベルによる差がそれほどなく、むしろ企業に入ってからの能力に基づく業績評価が比較的重要視される傾向にあること、入社後の経験が浅い時代には教育レベルに関係なく現場作業に誰でもが従事し、そのことに違和感をもたないこと、などの特徴も有しています。これらのことが、日本企業における人材養成が主として職員教育によって実施されてきたことの大きな理由であるといえます。
 このようなことから、水道事業体においても研修制度が充実しており、これによって日本の水道技術者の技術レベルの向上が図られてきたのが実状です。具体的な研修内容は以下に示すとおりですが、それぞれの研修は、知識修得、技能向上教育、態度変容教育の3つの形態を包含しており、これらを有機的に組み合わせて実施してきたことによって効果 を上げてきました。
(1)研修施設における研修(内部および外部)
(2)異職場体験研修(内部および外部)
(3)セミナーなど聴講による研修
(4)工場見学などによる研修
以上、off the job training。
(5)職場における研修(on the job training)
(6)通信教育による研修(自己啓発の一種であるが、費用を企業が補助する場合も多い)
(7)技術書などによる個人勉強(自己啓発)

2.途上国における技術レベルの向上方法
 清浄な水を安定的に供給するうえで水道施設を適切に維持管理することは、どの国にとっても非常に重要です。しかし、多くの開発途上国では、援助で建設された施設をその後適切に維持管理する費用が十分確保できなかったり、供与された施設を適切に維持管理するために必要な技術力を有している職員が少ない、などの理由によって水道事業運営上深刻な問題を抱えています。特に職員の技術レベル向上のための人材養成は開発途上国の水道技術全体をレベルアップするために最も重要な事項です。
 一口に途上国の人材養成といってもさまざまなレベルがありますが、ここでは日本などの先進国から長年技術協力を受けている途上国を中心に述べることとします。
 このような途上国においては、首都圏の水道事業体を中心として何らかの研修施設を有している国もありますが、体系的な研修を実施しているところは途上国全体としてはまだまだ数のうえでは少ないようです。このなかにあってタイやインドネシアでは、比較的人材養成が体系的に実施されており、水道事業体や国による独自の研修とともに、日本以外の先進国からも技術移転を受けるなど、積極的に人材養成が行われています。
 企業における人材養成の基本は自己啓発と職員研修にあり、職員研修のあり方はQ53で述べたとおりですが、途上国の人材養成は日本のそれと大きく異なるところがあります。すなわち、タイやインドネシアのような比較的恵まれた途上国においてさえも、職場内での同僚や部下に対する技術移転と、職種(地位 )の異なる職員に対する技術移転が難しい点です。以下にその理由を記します。
 一般に途上国においては、職員の技術レベルは職員になる前の教育レベルによって決まることが多いようです。このことは欧米の先進国も多かれ少なかれ同様な傾向にあり、日本のように職員になってからの職員教育によって実務的技術レベルが大幅に向上するのは、世界のなかにあってはむしろ例外であるといってよいでしょう。また、この教育レベルの違いによって給与の額とその後の昇進スピードが決められているのが普通 です。さらに、途上国では身分差が明瞭であり、教育レベルの高い人間は職務経験の浅い場合でも日本のように現場で直接維持管理作業に従事することはありません。
このような背景のなかでの専門家からカウンターパートへの技術移転にはさまざまな弊害が生じます。一般 にカウンターパートには教育レベルの高い者がなっており、彼らに実践的な維持管理技術を移転しても彼らが現場で実践する機会が少ないため、移転された技術以上の応用技術が現場で生まれることが少ないのです。また、カウンターパートが専門家から得た技術を職場の同僚や部下に再移転して相手が自分と同等に技術力が向上した場合には、同僚に対しては地位 を脅かされることになるとともに、部下に対してはプライドを傷つけられる可能性があるため、どうしても職場における同僚や部下に対する技術の再移転には消極的になる傾向があります。したがって、これらの弊害を避け、職員全体の技術レベルを向上させるためには、Q53で述べた途上国における職員研修のあり方に加えて、次のような方法が考えられます。
(1)専門家から技術移転されたカウンターパートの職場における部下や同僚に対する技術の再移転が、水道事業体全体の技術レベル向上には不可欠であることをあらゆる機会をとらえて啓蒙する。
(2)タイやインドネシアにおける水道技術訓練センターのように、専門家のカウンターパートが相手国側の研修施設の講師である場合は、前述した弊害が比較的少なく非常に効果 的な技術移転が期待できる。この場合、優秀なカウンターパートを多数、しかも長期にわたって各職場から集めることは難しいので、水道事業体幹部の理解を得ることが大切である。
(3)職員の自己啓発と職場における創意工夫の大切さをあらゆる機会をとらえて啓蒙する。

【事例プロジェクト名】
タイ「水道技術訓練センター計画」
インドネシア「水道環境衛生訓練センター計画」

(山崎 章三)

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