3.5 水道整備と経済発展


Q80
途上国の水道整備資金の確保に対するODAの役割と、発展段階に応じた資金の確保方法について説明してください





  Key words:水道整備資金、インフラストラクチャー整備、ODA、円借款、民間資金、水道事業の民営化

1.途上国のインフラストラクチャー整備におけるODAの役割
 もともとODAは、途上国の離陸に向けての自助努力を支援するものであり、インフラストラクチャー(以下、インフラ)の整備についても必要な資金の一部を支援するにすぎません。したがって、その役割は、一般 に途上国の発展段階が初期であるほど大きく、発展が進むにつれて相対的に低下していくものといえます。
 1996年に、途上国全体では年間約2000億ドルのインフラ投資が行われていますが、民間資金はこのうち約7%の150億ドルの投資を占めるにすぎず、ほとんどは途上国政府によってファイナンスされています。このような政府ベースの投資に対する先進国や国際機関からの融資(いわゆる政府開発金融、ODA以外の公的資金の融資も含まれる)は、インフラ投資全体の約12%、240億ドルに達しており、途上国政府にとっては重要な資金調達源の一つとなっています。
 わが国のODAの主要な受取国である東南アジアについてはどうでしょうか。タイ、インドネシア、フィリピンなどの国々は、円借款の継続的受入国となっており、国の開発予算全体に占める円借款の割合は、タイで約9%(1992年度)、インドネシアで約11%(1993年度)、フィリピンで約33%(1993年度)に達しています。また、これらの国々の対外借入額(実績ベース)全体に占める円借款の割合は、3カ国とも約21〜22%(1993年度)を占めています。中国においても、円借款は公共事業支出(基本建設支出、1995年度)の約2割に達しています。円借款に加えて、無償資金協力も行われていることから、わが国のODAは東南アジアの国々の開発に重要な役割を果 たしているといえます。
 円借款によるインフラ整備の具体的な成果として、たとえば、タイでは発電総設備容量 の約15%が円借款により整備され、また、約14400カ村(全国村落の約23%)の電化に貢献しています。インドネシアでは、鉄道総延長の12%の建設・修復が円借款により行われ、マイクロウェーブ通 信網の約50%の建設などに貢献しています。フィリピンでは、全人口の約21%が円借款で建設された水道施設を利用して飲料水の供給を受けています。このように重点的にインフラ整備が行われた分野では、わが国のODAは、大きな成果 を残しているといえます。

2.民活によるインフラストラクチャー整備
 上述のように、民間資金が、途上国のインフラ整備に果たす役割は、現状ではまだ大きくありませんが、徐々に拡大しつつあります。1994年までの10年間に、世界の途上国(低所得国、中所得国)で実施された民活インフラ事業は280件(うち水道・衛生分野は36件)にすぎませんが、1994年時点で具体的に計画されている民活インフラ事業は505件(うち水道・衛生分野は50件)にのぼっており、このところ民間資金を積極的に活用してインフラを整備しようという動きが加速されています。
 このような動きの背景には、経済発展に伴うインフラ整備への旺盛な資金需要に対し、途上国政府の財政能力が十分に対応できなくなっていること、従来政府の役割と考えられてきたインフラ事業のなかにも民間企業が実施可能な分野があり、民間企業のほうがより効率的に事業実施・運営できる場合があるとの認識が広まってきたことがあげられます。
 またアジアの途上国に顕著ですが、ODAを活用して経済発展が進んだ結果、先進国からの投資が活発になり、民間資金の流入が急激に増加しています。図1は、アジアに流入する公的資金と民間資金の推移を示したもので、1980年代後半までは公的資金が大きな割合を占めていますが、その後、民間資金の流入が急速に進み、相対的に公的資金の役割は低下してきています。このような民間資金の流入も、民活インフラ事業の拡大の背景の一つと考えられています。
 民活によるインフラの整備は、主として電力、運輸、通信の分野で多く行われており、今のところ水道分野での実績はそれほど多くありません。しかし、世界銀行の報告によれば、水道整備は民間企業によるインフラ供給の可能性のある分野として位 置づけられており、都市水道については、基本的に民営化すべきという考えが示されています。
 実際に、世界銀行が水道整備に関与している国々では、民営化に関する技術協力を行ったり、ローンのコンディショナリティとして民営化に関して一定の条件を課すなど、積極的に水道事業の民営化を進めています。
 このような民営化の流れを受けて、インドネシアのジャカルタ水道では、給水区域を東西に二分して、施設整備から維持管理まで全面 的に民間企業に委ねるという、ほぼ完全な民営化を行う方向で具体的な契約内容の検討が進められており、他の地方都市水道に関しても民営化を進める方針が決定されています。また、フィリピンのマニラ首都圏水道公社など、いくつかの国で水道事業の民営化が具体化しています。
 今のところ、ODA対象国において、民活による水道整備あるいは水道事業の民営化について、モデルとなるような成功例はみられず、今後、どの程度重要な役割を果 たすことになるのかは未知数ですが、途上国の経済発展が進むにつれて、民間資金の果 たす役割が大きくなってくるのは間違いないでしょう。水道事業の民営化に関しては、ジャカルタのケースがうまくいけば、大きく進展する可能性があり、今後の動向が注目されます。

3.水道分野の投資に占めるODAの割合
 水道分野への投資について、具体的にどの程度ODAでカバーできるのでしょうか。
 Q38に述べられているように、途上国全体での水道・衛生分野への投資額は226億ドル(約2兆4590億円)/年(1996年)に達しています。ところが、このうち二国間贈与でカバーできる割合は、DAC諸国全体では10.7%、日本単独では1.1%とごく一部にすぎません。
 一方、有償資金協力についてはどうでしょうか。世界的には二国間ODAの中心は、贈与(無償資金協力、技術協力など)であり、日本のように大規模な有償資金協力を行っている国はありません。事実、1994年の貸付実行額(グロス・ディスバースメント)では、DAC合計99億6800万ドルの約70%に相当する66億700万ドルが日本の円借款で占められています。
 そこで、水道・衛生分野への投資に対する円借款の役割をみてみることにします。DAC分類に基づく1994年の承諾ベースの数字で、政府貸付けなどの総額に占める水道・衛生分野の割合は、約10%(7億6640万/75億2621万ドル)となっています。仮にこの割合を上記の円借款の貸付実行額に適用すると、水道・衛生分野への貸付けは約6億6000ドルに相当しますが、これは上記の1993年の水道・衛生分野への投資額の2.9%に相当します。日本の二国間贈与の1.5%よりは大きな数字となりますが、必要な投資額全体からみれば、やはりごく一部をカバーできるにすぎないことがわかります。
 したがって、水道分野でのODAの役割は、上記1.で述べたインフラ整備一般 と同様に、重要な資金源の一つとしての役割を有しているものの、必要な投資全体からみれば、一部をカバーできるにすぎないといえます。
 ただし、水道分野はインフラのなかでも整備順位の高い分野であることから(Q79参照)、特に発展段階の初期においては、ODAがより重要な役割を果 たすものと考えられます。

4.発展段階に応じた水道整備資金の確保方法
 途上国の発展段階初期においては、水道の普及率はまだ低く、料金収入もわずかで、運転管理費用さえまかなえないことも珍しくはありません。このため、水道整備の資金は、ほぼ全面 的に政府からの補助金や借入れなどの公的資金に依存することになります。ところが、このような経済水準の低い国では、政府の税収も十分でなく、水道整備に対して十分な独自の財源をもたないのが普通 です。このため、上述のように先進国からのODAなどによる資金が重要な役割を果 たすことになります。
 経済が発展するにつれ、税収も安定し、インフラ整備に対する財源も大きくなってきますが、同時にインフラ整備の資金需要も膨らむので、依然ODAなどによる資金が一定の役割を果 たすことになると考えられます。
 さらに、経済全体に対する民間資金の流入が進めば、採算性の高い都市部の水道を中心に、民活による水道の整備や、実施機関の民営化などが進められ、水道整備の資金として民間資金が活用されることになるものと考えられます。

【参考文献】
1)経済企画庁調査局編:アジア経済1996,大蔵省印刷局,p243―259,1996.
2)海外経済協力基金参与会基金業務中期展望検討委員会:基金業務の中期展望,海外経済協力基金,p4―5,1996.
3)World Bank:World Development Report 1994, Washington DC, p117, 1994.
4)海外経済協力基金編:海外経済協力便覧1996,海外経済協力基金,p54―55,p68―69,1996.

(山本 昌宏)

図1

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