3.1 水に伴う伝染病


Q67
主として水に関連する感染症について説明して下さい





  Key words:水系感染症、寄生虫症、原虫感染症、ウイルス性感染症、ギニアウォーム

 ここでは水に関連する感染症を、単に飲料水に関係する病原微生物による水系感染症のみではなく、水源となる湖沼、河川域で認められる伝染病、.またダム開発および灌潮施設建設に伴い認められる伝染病として扱われる重要なものについても取り扱います。

1. 水系感染症(waterbome infectious diseases)
 水系感染症は、主としてヒトや動物の排泄物、特に糞便によって伝播します。ある感染症を発症している患者、またはそのキャリアーが水道水源およびその給水区域内に存在する場合には、水源または給水区域内の水道管敷設の不備などにより、飲料水の糞便汚染によって水中に病原微生物が存在することとなります。このような水を飲用や調理、洗濯や水浴に用いることによる、摂取および接触により感染する可能性があります。
 飲料水を介して経口的に伝播する経口感染症についてWHOは表1のようにまとめています。また、寄生虫症の一つである糸状虫のギニアウォームは、WH0総会で議決された、1995年までに根絶を要する公式目標2jとなっています。

2. 水に関連する感染症の病原微生物リスト
 水に関連する感染症の感染経路は、表1に示される経口感染によるもののほかに、水源となる湖沼、河川域で認められる伝染病のように、ヒト以外の中間宿主の生物に刺されたり較まれることなどを通 して感染するものを含めています。
以下に表1と重なる部分もありますが、病原微生物別に@寄生虫症、A原虫感染症およびBウイルス性感染症に区分し、その分布および感染経路、症状、予防法などにつき記述をできる限り試みました。寄生虫症であるギニアウォームについてはWH0の根絶を要する公式目標となっており、その重要性から若干詳述しましたが、その他の病原微生物の詳細については他の文献に譲ります。
(1)寄生虫症
1)ギニアウオーム(Guinea worm)
 @分布および感染経路
 メジナ虫あるいはドラグシクルス虫(Dracunculus medinensis)ともいわれ、アフリカ西海岸、紅海、インド中部、イラン、南米などに分布します。成虫はヒトの皮下に寄生し、大きさは雌700〜1200o×0.9-1.2mm、雄12〜40o×0.4oです。寄生皮下組織で交尾後、手足の末端に移動した雌のために小潰瘍が形成されますが、その潰瘍部が水と接触して仔虫を排出します。排出仔虫は第一中間宿主であるケンミジンコに摂取されます。ヒトヘの感染は汚染水を飲料するか、あるいは遊泳摂取によっています。
 A症状
 琴痛性小潰瘍が下肢、足関節に形成されます。雌の皮膚面移行により強い掻痒感を伴います。潰瘍に細菌の二次感染を併発し、関節炎や骨膜炎となることもあります。感染者数は1千万人にも達するといわれ、このうちlOO万人が危険な状態にあるとされています。
 B予防法
 衛生的に管理されている井戸を準備することやトイレなどの環境衛生状態の改善によって感染症を撲滅できることが実証されています。
(2)住血吸虫症(schistosomiasis)
 @分布および感染経路
 人体寄生の種は、アジアに分布する日本住血吸虫(Schistsoma japonicum)、アフリカに分布するビルハルツ住血吸虫(S. haematobium)、中南米とアフリカに分布するマンソン住血吸虫(S. mansoni)があります。
 人体の皮膚より体内に侵入した人体寄生の住血吸虫の成虫は静脈血管内に住み、ヒトに重篤な障害を引き起こします。住血吸虫の成虫は雌雄異体で、雌は雄に抱かれた形で血管内に住みます。卵は便か尿に排泄され、中からミラシジウム(miracidium)が遊出し、中問宿主の淡水産の貝に入り、セルカリアに発育します。貝から出たセルカリアは第二中間宿主はとらず、終宿主(ヒト)に経皮的に感染し、尾部を切り離して寄生性の幼住血吸虫(schistosomulum)となり、肺を経て寄生部位 に至ります。
 A症状および予防法
 ビルハルツ種は膀胱系の障害を生じさせ、他の2種は肝、腸管系の障害を生じさせます。予防法としては、空ものを摂取しないこと、裸足で歩かないなどの注意をすること、特に危険地域に立ち入らないことが肝要です。治療薬としては、ブラジカソテル、アモスカネートがあり、治療は1ヵ月の服用で完了します。
3)リンパ性フィラリア症(1ymphatic filariasis)
 @分布および感染経路
 世界中の熱帯および亜熱帯に分布します。バンクロフト糸状虫(フィラリア)は雌雄があり、有性生殖を行います。ヒトのリンパ管の中に住み、特に雌の成虫はそこでミクロフィラリアを生み続けます。その寿命は5年またはそれ以上で、ミクロフィラリアは夜になると末梢血管へ泳ぎ出し、それを蚊が吸うこととなります。ミクロフィラリアが成虫になるには、一度中問宿主の蚊を経てから人体に戻る必要があります。蚊から人体に入った幼虫は1〜2年たって成虫となり生殖の相手を探すこととなります。
 A症状および予防法
 フィラリア症には2種類の症候群があります。第一は生承1出された仔虫が血管内で死滅し、その分解産物のために引き起こされる寒気、発熱などで、「くさふるい」と呼ばれる症候群です。この症候群の場合はスパトニンを治療薬に用いて完治できます。
第二の症候群は、5年以上の長期間流行地に居住しているうちに、多くの成虫の寄生により引き起こされる象皮症、陰嚢水腫などの慢性症状で、これはリンパ組織の破壊によるもので、スパトニンを用いても完治しにくいものです。
4)オンコセルカ症(onchocerdasis)
 糸状虫の一種、回旋糸状虫(Onchocerca volvulus)の寄生によるものです。アフリカ、アラビア半島、中南米に分布します。中間宿主はブユで、吸血時に感染幼虫が皮下に侵入します。仔虫が眼内に侵入すると最終的に失明をもたらす感染症です。ジエチルカルバマジンは幼虫殺滅作用はありますが成虫には無効なのでスラミンとの組み合わせ使用が行われています。また、アイバメクチンの投与も効果 があります。
5)偏性腸内蠕虫類(ubiquitous intestina1 helminths)
 @回虫症(ascariasis)
 回虫(Ascaris lumbricoides)の寄生によるものです。全世界の特に農村や湿潤な土地に分布します。成虫は小腸腔内に寄生し、雌は20〜30cm、雄は12〜20cmの体長で幅は4〜7mm、卵は外界で4〜7週後に中に感染幼虫を形成し、野菜などに付着して経口摂取されます。
 幼虫による病害には回虫性肺炎(ascaris pneumOnia)があります。また成虫による病害には、消化管障害、腸閉塞、迷入による胆道、虫垂、肝臓などの障害などがあります。化学療法としてピランテル・パモエートが用いられています。
 A鉤虫、十二指腸虫(hookwom):十二 指腸虫症(hookworm disease)
 鉤虫のうちズビニ鉤虫とアメリカ鉤虫とが主なヒト寄生種として世界中に広く分布しています。外界で発育した感染幼虫は経口的(ズビニ鉤虫)あるいは経皮的(アメリカ鉤虫)に人体に侵入し、小腸粘膜に定着します。症状としては、感染幼虫侵入による皮膚炎、成虫による貧血、消化器障害などがあります。
 B鞭虫(whipworm、Trichuris trichiura): 鞭虫症(trichuriasis)
 世界中に分布します。雌成虫の体長は35〜50mmで雄はやや小さく、便とともに排出された卵は湿地で3-6週間内に感染幼虫を包蔵するようになります。経口摂取された幼虫包蔵卵は小腸でふ化し、幼虫は盲腸粘膜に寄生します。
(2)原虫感染症(parasitic infection caused by protozoa : Protozoiasis, Protozoan disease)
1)根足虫類(Rhizopoda)
・赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)
 アメーバ赤痢(amebic dysentery)の病原体で、熱帯、亜熱帯を中心に世界に広く分布します。栄養型と嚢子(シスト)があり、一般 的に嚢子に汚染された飲食物から経口感染します。軽症例では軟便、腹痛、重症例では粘血便を排出します。
2)鞭毛虫類(Mastigopoda)
 @ランブル鞭毛虫(Giardia lamblia)
 ヒトの十二指腸、小腸、胆嚢内で粘膜に密着して寄生します。感染者の糞便中に検出されます。多数寄生により腸炎、胆嚢炎、胆管炎、脂肪性下痢(悪臭のある薄黄色泡状で水に浮く軟便)などを起こします。予防には、汚染の疑いのある水を1〜3分間煮沸するか、ヨード錠を用いるかです。この原虫に対しては塩素剤よりヨード剤がよいとされています。また治療法にはメトロニダゾールの投与などがあります。
 AAfrican trypanosomiasis
 アフリカに分布するアフリカ睡眠病を引き起こすのはガンビアトリパノゾーマ(Trypanosoma)とローデシアトリパノソーマ(T. rhodesience)の2種類で、ツェツェバエに刺されることにより、その唾液中のトリパノゾーマが体内に侵入します。10日くらいすると刺された部位 が腫れて痛むようになり、その付近のリンパ節が腫れ、2-3週間でトリパノゾーマが血液中に現れます。最終的に睡眠病と呼ばれる中枢神経感染を引き起こします。
 Bクルーズトリパノゾーマ(T. cruzi):シャガス病(Chagas disease;中南米各地)
 ブラジルを中心に中南米各地にみられるものです。サシガメ(triatoma)により媒介され、その糞中に排出されるクルーズトリパノゾーマが皮膚(ひっかき傷、粘膜)を通 して侵入します。人体に入った後、血液の流れに乗って心筋、神経組織などに至りそこで増殖して発症させます。
 Cリーシュマニア(leishmania)
 リーシュマニア属に所属する寄生鞭毛虫の総称で、終宿主である脊椎動物の主に網内系細胞内に球形あるいは卵形の鞭毛のない型がみられます。中間宿主または媒介動物であるスナバエの腸内では細長い鞭毛を有します。ヒトの病気としては内臓リーシュマニア症〔vissceral leishmaniasis(kara azar)〕と皮膚リーシュマニア症〔cutaneous leishmaniasis(旧世界型と新世界型)〕があります。
3)胞子虫類(Sporozoa)・マラリア原虫(Malaria)
 ハマダラカ(Anopheles spp.)によってヒトからヒトに媒介されます。蚊の吸血時にその唾液とともに人体に注入されたマラリア原虫の胞子小体は肝細胞内に入り、赤外型(組織型)原虫となって増殖後、血中の赤血球に感染します。
ヒトに感染するマラリア原虫には、三日熱マラリア(Plasmodium vivax)、四日熱マラリア(P. malariae)、熱帯熱マラリア(P. falciparum)、卵型マラリア(P. ovale)の4種があります。
4)クリブトスポリジウム(Cryptospordia)
 大型種(代表種 Cryptosridium muris)小型種(代表種 C. parvum)がありますが薄いの感染はほとんど小型種によるもので藁琢.、有性生殖と無性生殖の両世代を有し、有性生殖の結果 形成されるオーシスト(C. parvum:4.5〜5μm)は糞便とともに外界へ排出され感染源となります。感染によって一過性の水様性下痢と腹痛を起こします。畑DS患者では重篤な下痢をきたす例が報告されています。
(3)ウイルス性感染症(viral infections)
1)A型肝炎(virus hepatitis A)
 糞便中に排泄されたA型肝炎ウイルスに汚染された飲料水や食物などからの経口感染による肝臓の急性炎症であり、時に集団発生することがあります。発熱を伴って急激に発症するのが特徴です。
2)日本脳炎(Japanese encephaltis)
 コガタアカイエカおよびその近縁種により媒介されます。これらの蚊がヒトを吸血する際に日本脳炎ウイルスが人体に注入され感染します。急激な高熱と意識障害、神経症状を呈します。治癒後も精神神経障害を伴う後遺症が残ることが多い感染症です。

【出 典】
1)眞柄泰基,水質問題研究会(監訳):WH0飲料水水質ガイドライン(Guidelines for drinking water quality),第2版,第1巻勧告,日本水道協会,p8,1994.
2)WHA(World Health Assemb1y:世界保健機構会議)決議,WHA44. 5, 1991.
3)赤尾真吉:医寄生虫学提要,北里書房,p92. 1983.

【参考文献】

1)Hunter JM,Rey L,Chu KY, et al : Parastic diseases in water resources development;The need for intersectora1 negotiation, WHO, Geneva, 1993.
2)医学大辞典,第18版,南山堂,1998.
3)大谷杉士:健康管理ハンドブック,国際協力事業団青年海外協力隊事務局編,東神堂,1984.

(井上雄三、菅原 繁)


表1

戻る    次へ

コメント・お問合せ